竹谷さんだから聞けるパン職人の理想と挑戦-vol.4 フランスで地方に三ツ星があるように、高山でキラリと輝くお店として、発信し続け、未来を描く トラン・ブルー 成瀬 正さん
前編 後編

20年という節目にまとめた、47アイテムの「パンの可能性」

1年半の歳月をかけて完成させた、『パンの可能性』。
成瀬氏こだわりのパン・ドーロ。自然種も自家製。
季節のフルーツを使ったデニッシュペストリーたち。一つ一つのアイテムにあわせた特製クリームがたっぷりとつめこまれている。
小麦本来のうまみをしっかりと感じられる、ハード系のパンたち。

 今年(2011年)の2月に旭屋出版から本を出しました。オープンして20年経ち、何かにまとめるよいタイミングをいただけたと思い、引き受けました。完成までに1年半かかりました。定休日を使って数アイテムずつつくっていきました。2泊3日で編集の方がずっと来てくださり、撮影は夜中までかかりました。途中、本のラインナップとして、ルヴァン種を使った軽いタイプと重たいタイプのライブレッドを2アイテム考案しました。こういう機会をいただいたことで新しいパンも手掛けられました。スタッフにも沢山負担をかけましたが、全力で手伝ってくれました。この本は、編集者、カメラマン、スタッフ、私が心を通い合わせ1つになり、作り上げた一冊です。説明もできるだけ丁寧に書き添えました。「ここまでオープンにして、大丈夫ですか?」と聞かれますが気にしていません。レシピやつくり方を公開することで、リテイルベーカリーのレベルアップのお手伝いをさせていただくのが本来の目的ですから。
 
 パンドーロとシュトーレンは特に思い入れのあるアイテムです。シュトーレンは12月1日から1ヶ月だけ作っています。この時期この一品に限り全国発送しています。土日と定休日をはずして週に4日間つくります。1回の仕込で、1日97~8本。全部で1200本。決め手は1つ1つの作業を正確に、そして丁寧に行なうことです。普通シュトーレンは時間が経つとおいしいといわれますが、トラン・ブルーのシュトーレンは、フレッシュがおすすめです。パンドーロも何度も試作して辿りついた味です。自家製の自然種でつくっています。キメ細かな黄色い内相、しっとりとろける口溶けのよさが特徴です。
 
 高山は桃やブルーベリー、りんごなど、果物も名産です。農家から直接仕入れたものを使っています。夏の時期は、桃とブルーベリーとパイナップルのデニッシュを冷蔵ケースで販売しています。フルーツにあわせ、中のクリームも変えています。フルーツの処理の仕方などは、仲良くしていただいている東京のパティシエにヒントをもらいました。菓子の厨房を見せてもらったり、こちらでスタッフの研修を受け入れたり交流しています。お互い学ぶところがありプラスになります。
 
 その他、3種の小麦粉を使った味わいのあるTバゲット(Train・blue、Tadashi、Troisの3つのTの意)、バニラの香りとバニラシュガーの甘さのバランスがよいパン・バニーユ、ブリオッシュ生地に有塩バターとバニラシュガーをのせて焼き上げたラング・ドゥ・ブッフもお気に入りのアイテムです。

理想は地方にキラリとひかり輝くベーカリーがいくつもできていくこと

真剣に作業されるスタッフの方々。
対談後のお二人
 今の店舗と厨房を隣の新たなスペースに移して、今のスペースにカフェをつくりたいと思っています。お客様からもここですぐに食べたいといわれることがあります。他県から車で来てくれた方が、暑い時期に車中で食べている姿をみかけたりすると申し訳なく、やはりはやくはじめたいと思います。きちんとした料理をだすカフェを考えると難しくなってしまうので、まずはスペースと飲み物からと思っています。
 それから、合理化とは縁遠い仕事場で長い時間拘束してしまっていますが、スタッフには色々な経験を積んでほしいと思っています。パンづくりの原形を知ってほしいという意味もあり、クロワッサンのバターもいまだに叩いて使っています。販売、オーブン、めん台、ミキサーなど交代で担当してもらい、発注も任せます。たまにはミスもありますが、同時に自分の責任として必死でリカバリーする姿があります。時間は費やしますが本人が望むなら、全力でパンづくりと向き合う時期も必要だと思っています。
 
 都会から出店依頼をいただくこともありますが、全てお断りしています。フランスの田舎に三ツ星レストランが在るように、そんな存在を日本に築きたいと思っています。洗練された本物のベーカリーが地方にもあり、都会の人がわざわざ足をのばすような場所になれたら嬉しいです。もちろん地元のお客様を大切にする気持ちは変わりません。自分のお店は高山でずっと続けていきたいです。そして、各地にそういう考えを持ったベーカリーが増えていくことが理想です。トラン・ブルーから育った仲間たちが立ち上げたお店は全部で12店。神奈川、千葉、新潟、静岡、愛知、岐阜、福岡。ここで一緒に働いたスタッフたちが地方で新たな輝きを放つベーカリーをつくってくれることを心から期待しています。

成瀬正氏プロフィール 【成瀬 正(なるせ ただし)氏プロフィール】

1960年岐阜県高山市生まれ。大学卒業後、アートコーヒー・日本パン技術研究所・ホテルオークラを経て、1989年にトラン・ブルーをオープン。その後、家業である有限会社なるせの代表となる。2005年、クープ・デュ・モンドに日本チームの代表として出場し世界第3位を獲得。著書「トラン・ブルーが切り拓くパンの可能性」旭屋出版より2011年2月に発刊。

対談場所:トラン・ブルー 岐阜県高山市西之一色町1-73-5 tel:0577-33-3989

トラン・ブルーの外観。フランス風の建物が印象的。美しいデザインのエンブレムも目を惹く。ゆったりとしたつくりの店内。大きな窓からたっぷりと光が入る。一つ一つ丁寧に作られたアイテムたちは形も個性的。

定休日/水曜日(不定休有)  営業時間/9:00~19:00
高山駅から車で約7分 http://www.trainbleu.com/

人口約6万5千人の高山に訪れる観光客は年間400万人。飛騨の小京都と呼ばれるゆえんの古い町並みは風情があり人気の観光地だ。高山駅から少し離れた場所に位置するトラン・ブルーは住宅街の中にあり、フランス風の建物が目を惹く存在感のあるベーカリーだ。様々な年齢層のお客様が男女問わず、合間なく訪れる。クロワッサンが焼き上がると待っていたお客様の要望に応え、スタッフが丁寧にトレーにのせてくれる。見事に形の揃ったクロワッサン、フルーツを使ったデニッシュペストリーのセンスのよさは見とれるほどだ。成瀬シェフといえばヴィエノワズリーのイメージが強いが、お店にはバゲットやカンパーニュなどのハード系のパン、惣菜パン、あんぱん、ドーナツまでバラエティ豊富。見るからにおいしさの詰まったアイテムと、スタッフの明るい笑顔が印象的な愛着を感じるお店だ。売り場から厨房が見渡せるので身近で手作りなのが伝わる。そして、次に何がでてくるかワクワクする楽しさがある。

売り場から作業風景が伺える。丁寧に手際よく作業が進められていく様子に、思わず見入ってしまう。焼きあがったばかりのクロワッサン。待ちわびていたお客様のトレーに、スタッフが丁寧にのせてくれる。冷蔵ケースの中にも、魅力的なアイテムがいっぱい。

前編 後編

対談を終えて

成瀬氏  お会いした当初(20年程前)は、恐々質問をさせていただくと、博士のような風貌から、これまた博士のようなお答えをいただき、理解するのに苦労した、そんな感がありました。長いお付き合いの中で、様々な観点から色々とお話をさせていただきましたが、その度ごとに目からうろこが落ち、また新しい発見もありました。
 竹谷さんが「つむぎ」をオープンされました事、大変嬉しく思います。雲の上から、私達リテイルの土俵の上に舞い降りてきてくださったようです。大変おこがましいですが、今度は竹谷さんが私達から新たな発見をしていただき、そして一緒になって、次のステップに向かっていく…。竹谷さんとは、ずっとずっとそんな間柄でいたいと思います。今後とも、宜しくお願いします。

竹谷さん  成瀬氏の今回の著書「パンの可能性」の推薦文の中でお店とパンと成瀬氏を称して、「稀有な美の空間、繊細で完成された味、磨き上げた感性と・技術、パン業界の貴公子」と紹介されています。今回お店を訪問してこれらの言葉がまぎれもない本心であることを実感しました。私のパン作りにおける主義は「美味しさの追求と生産性の向上」ですが、ここトラン・ブルーだけはただひたすらに美味しさを追求してもらいたいと切に思います。頂点が高ければ高いほど山の裾野は広がります。成瀬氏の夢がパンを通してどこまで膨らむのか、豊富な人脈、飛騨高山という地の利、老舗という信用、明るく元気なスタッフ、そして何よりも美しく・気配りのある奥様の存在、舞台作りは完成しています。次のステップがさらに大きく花開くことを確信した訪問でした。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2011年9月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。

TOPに戻る