平岩理緒さんが迫る「トップパティシエの仕事」

vol.4 パティスリー アカシエ 興野燈シェフ 10年を経て目指す移転オープン。次に向かう目標、理想のスタイルとは?

前編後編

新店舗でやりたいことと、素材に対する想い

平岩
新店舗に移転されたら、今の浦和の店舗は、どうなさるのですか?
興野
地元を大事にしたいと思ってやってきたので、今のパティスリー店舗は販売店として残すつもりです。
平岩
新店舗の設計にあたって意識されたことや、新しく始めたいと思っていることはありますか?
興野
最初の店舗が国道沿いで、駐車場の利便性の問題を常に抱えてきました。新店舗は、お客様の駐車スペースはもちろんしっかり取っていますが、それと別に、軽トラックの駐車スペースを確保しています。これは、よく夏にお菓子が売れない、と言われますが、夏は「食べたくない」のではなく、「持ち運びたくない」のではないかと思っていて、浦和のお客様限定で、誕生日のアントルメとかの配達サービスなんかもできたらいいなと考えているんです。
平岩
それはきっと、お客様も、「浦和に住んでいてよかった!」と思われるでしょうね。
興野
新店舗は、「原点回帰」を目指します。新しいことをする、というのではなく、これまでできなかったことをしていきたい。
たとえば、お菓子づくりが好きな方に、うちが使っている材料を小分けにして、お菓子作りキットを販売するといったこともやりたい。それから、ここ数年、フルーツなどの産地を訪問するようになって以来、果実そのものも店に置いて、販売もしたいなと思っていました。店内も香りで演出できますし。
平岩
新百合ヶ丘の「エチエンヌ」さんが、毎年、夏に山梨の農家さんで収穫していらした桃を、お菓子に使うのはもちろん、並べて販売もされているのをご覧になって、あれいいなぁ、うちもやりたいと、ずっと仰っていましたね。
興野
そうなんですよ!あれは凄く魅力的!
これまで、色々なインプットを得てきたと思いますが、人生も折り返し時期になって、これからは、アウトプットを考えながら、下山していく時期だなと。以前、サロン・ド・テでランチに挑戦するといったこともやりましたが、そういうチャレンジではなく、自分が周囲からもらったもの、受けた感動を、お客様にも伝えていきたい。
もっと、距離を縮めたいですね。週末に遊びに来てもらう感覚で、店に来てほしい。ソフトクリームなんかもやりたいんですよ。ソフトクリームって、結局、乳業メーカーがつくるミックスの味になっちゃうんじゃないのというイメージがありましたが、これまで出会った酪農家さんとかの牛乳を使ったりして、オリジナルの味をつくれたらと。それが産地別に食べ比べできたりしたら、ストーリー性もあって、楽しいですよね。
平岩
最近、2店舗目にショコラトリーとかグラッスリーをオープンされる方もいらっしゃいますが、そういった可能性も考えられますか?
興野
ショコラトリーは、考えることもありますね。自分がやるには、別々の店舗、というよりは、厨房は一つに繋がっているのがいいなと思うのですが。
平岩
色々な素材との出会いがあった中で、講習会などを通じて、小麦粉についても、意識の変化がおありだったかと思います。
埼玉のお店でありつつ、ご縁があって「東京都多摩洋菓子協会」さんが主催される古典菓子の勉強会でも講師を務めていらっしゃいますが、そういった機会にも、粉に対する考えを述べていらっしゃいますね。
興野
粉もフレッシュなものなので、あまり種類を多くしすぎず、回転が早い方がいいと思っています。面倒だから、というんじゃなくて、「うちは全部この粉」でいいと思うんです。その粉を「うちの味」のベースにしていく。その中で、ブランディングのために、このお菓子にはこの粉を使う、というのはありますよね。「エクリチュール」は、「バイオレット」から換えて焼き菓子に使ってみて、つくった中で一番おいしいものを選んだらこれだったという感じでした。いい意味での、求めるようなホロホロ感が出たんですよね。
古典菓子の勉強会でもご一緒させていただいている「パティスリー・ドゥ・シェフ・フジウ」の藤生シェフが、以前に講習会で、そのお菓子に「レジャンデール」という小麦粉を使った理由について、「色々使ってみたけど、これが一番好きだから」と仰ったのを聞いて、鳥肌が立つくらい感銘を受けて。あれは、藤生シェフの言葉だから格好良かった。そんなのを、自分もそろそろ真似していいかな?と思ったりしてます(笑)。
平岩
興野シェフは、ご自身も、講習会に参加されたり熱心に勉強されていますが、スタッフの方も一緒にお連れになったりしていますね。
興野
スタッフには、個人面談とかでも、人生論みたいな話をするんですが、この店に来た意味を感じてもらえたらと思っていて、目標を提示できるようにしたいんですね。全スタッフが、外に行った時、アカシエを“自分の店”だと思って「うちは・・」と、自然に言ってくれたら嬉しいですね。

これからの菓子業界のあり方、自分にとっての理想とは?

平岩
これからのお菓子業界を考えた時に、こうあってほしいとか、ご自身がこうしていきたいと思うことはありますか?
興野
跡継ぎがいらして、店を引き継いでいかれるケースもありますが、これからの時代は、子どもに店を継がせることが絶対という時代ではないと思うんですね。僕も息子がいますが、ぜひ店を継いでほしいという気持ちはなくて、むしろ、この店のブランドを最高に高めて、売却するという選択もあり得ると思います。シェフの名前を前面に出すのではなく、店名を前に出していくのが理想かなと。通販なども使って、全国に知名度を上げることで、企業とのコラボなども実現し得るかと思いますし。
平岩
最近は、オーナーシェフもまだまだ現役のご年齢ながら、ご自身のお店をブランドとして企業に引き継いでもらうというケースも出てきていますよね。
興野
子どもには、もしパティシエとしてやりたいのであれば、自分自身で道を切り開きなさい、と、ブランドとして店を売ったお金を渡す方が、現実的かもしれませんよね。
OEM化といったことも、視野に入れていいと思っています。そうすることで、自分達のキャパシティを上げていきながら、突き抜けたクオリティで注目されたい。でも、あくまで、そのキャパが身の丈を超えないようにしたいと思います。
平岩
2018年の5月をもって閉店を宣言されている、京都の「オ・グルニエ・ドール」の西原シェフなども、息子さんには新しいブランドをご自身でスタートさせてほしい、というお考えですよね。菓子業界を取り巻く環境が、大きく変わってきています。パティシエも、変わっていかなくてはならない時代ですね。
興野
SNSツールの飛躍的な発展などもそうですね。これまでのパティシエの世界というのは、アナログでしたが、発信の仕方なども含めて、飛び越えるべきハードルが昔と変わってきていると思います。
自分も影響を受けている方々として、「菓子工房オークウッド」の横田シェフや、「ウィーン菓子工房リリエンベルグ」の横溝シェフのように、ご自身の世界観をしっかりと持っていらっしゃる方。それから、「スイーツガーデン・ユウジアジキ」の安食シェフから受けている影響も大きい。安食シェフはとても自由でありながら、ご自身の世界観を持っているシェフ。以前一緒にお仕事をさせて頂いたとき、安食シェフに刺激を受け、型にこだわり過ぎなくても良いんだと感じた。以前は、不変のスタイルというのに憧れていて、変わらない自分を守らなくてはという気持ちがありましたが、今は、そういった縛りから自由になって、いい意味での“いい加減”で行きたいと思っています。
平岩
仰るとおり、ここ数年の興野シェフは、つくられるお菓子も「フランス菓子」という縛りに捉われることなく、「ザッハトルテ」をはじめ、ご自身がつくりたいと純粋に思われるお菓子に、自由に取り組まれるようになっていらっしゃいますね。これからますます、ご自身のスタイルに沿って、変化していかれるのでしょうね。業界内外の皆様が、新店舗を楽しみにされていますが、何より興野シェフご自身が、一番楽しみにされていらっしゃるのだと思います!今日はどうもありがとうございました。

興野燈シェフ プロフィール

埼玉県生まれ。都内ホテルやレストランのパティスリー部門勤務を経て、菓子の世界に魅せられ、29歳で渡仏。「ストーレー」などのパティスリーやショコラトリーで修業し、2003年「アルパジョン・コンクール」ショコラ部門で優勝。帰国後、2007年に自店「パティスリー アカシエ」をオープン。最近では日本各地の農家など生産者訪問も積極的に行い、素材について真摯に学び続けている。10周年を経て、現在は、2018年秋予定の移転リニューアルオープン準備中。

興野燈シェフ

対談場所

パティスリー アカシエ
埼玉県さいたま市浦和区仲町4-1-12
TEL:048-877-7021
営業時間:10:00~18:00
定休日:水曜(祝日の場合変更あり)、火曜不定休

JR浦和駅から徒歩15分。国道17号線沿いにあり、オレンジ色の外観が目を引くお店です。ババ、ミルフィーユ、エクレール、タルト、フランなど、クラシックなフランス菓子をベースとしつつ、素材一つ一つに真摯に向き合い、オリジナルに昇華させた品が揃います。スペシャリテの「アントワネット」は、フランスの伝統菓子「サントノーレ」を、ローズとグロゼイユの組み合わせでアレンジ。マドレーヌや、10周年より発売開始した「フォンダン・シトロン」など、パッケージも意匠を凝らしたギフト品や、ヴィエノワズリーも人気です。

対談を終えて

興野シェフ
平岩さんとは、2013年に、コロンビアのチョコレートメーカーのカカオ農園見学でご一緒しましたね。あれは自分にとっても大きなターニングポイントでした。その年のクリスマスケーキは、“世界のクリスマス”をテーマに、フランスに限らず、「ナスカ」の地上絵をモチーフに、コロンビア産のチョコレートを使い南米のクリスマスをイメージしたものや、北欧とか、トロピカルなサンゴ礁のイメージで自由な発想のケーキをつくったのですが、そのあたりで、自分の変化に対して吹っ切れたという気がします。最近も、日本各地の様々な産地を訪問して、その度に、凄い生産者さんや、現地でコーディネートしてくださる果物のプロにお会いでき、刺激をいただいています。これからも、面白いものがあったら、ぜひ教えてください!

平岩
興野シェフは、心根がとても素直で純真でいらして、色々な出会いに対して、真っすぐに向き合われ、熱く感動され、ご自分の全身全霊で、それに応えようとされる方ですよね。だからこそ、多くのファンに愛され、この人と一緒に何かしたい!と思わせるのだと思います。新店舗で、どのようなことをしていかれるのか、色々と構想を伺っていますが、本当に期待がふくらみます。最近、新たなロゴマークデザインも拝見しましたが、素材の生産者と、それを加工するパティシエや販売するヴァンドゥーズ、そしてお客様という三者の繋がりを、これまで以上に大切に考えていらっしゃることが伝わり、興野シェフらしく熱い!と感動しました。移転リニューアルオープンで、さらに新しい「アカシエ」に出会えるのが楽しみです!

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2017年12月)のものです。
最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。

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