
「き多や」は、近所の方には「近くにこんなパン屋があってよかった」と、遠方の方には「近所にこんなパン屋があれば」と思っていただけるようなパン屋をめざして運営しています。私自身はパンの専門学校を出たわけでもなく、パン屋での修業もそこそこに2000年10月にお店をオープンしました。開業当初は味も安定せず、当時のお客様には申し訳なかったと思いますが、独立したい一心で、“昨日よりも今日、今日よりも明日、もっともっと美味しいパンが焼けますように”と、今日まで日夜励んできました。
私の転機となったのは、会社勤めを辞めてスペインで半年ほど暮らしたことです。パンの魅力に目覚めたのは、スペインでの生活を通じてだったといえます。
お行儀は良くありませんが、バゲットで料理のソースやスープをぬぐって食べる日常が、私とパンとの距離を近くしていきました。
そして、帰国後はスペイン料理のレストランでコック見習いとして3年ほど勤務。今でもそこでの経験が、素材への知識、調理法、お客様へのサービスなど、私がパンに向き合う姿勢の根幹をつくってくれたように思います。仕事を通じて、いわゆる古き良き時代のレストランのシェフとの交流が生まれたのも大きな財産となりました。
そのシェフとは食事を楽しむ仲間というだけではありませんでした。「お客様に美味しいものをつくって食べてもらうだけでなく、体から出ていくまで責任をもつのが私たちの仕事」という考えを私の中に植え付けてくれました。そんな安全安心の大切さ、お客様の健康をサポートするという考えは、今でも素材選びや保存料を使わない、鍋や道具を徹底的に清潔に保つといった私のスタイルをつくっています。
実家が奈良で農家をしていることもあり、新鮮な野菜に私は恵まれています。そんな旬の野菜やフルーツを使った季節限定パンは、当店ならではの味わい。例えば、柿は奈良の特産品なのですが、秋になると大量に手に入ります。そこで通常はドライいちじくを使っているパン・オ・ルヴァンに、手づくりでドライフルーツにした柿を季節限定で混ぜ込んで使っています。
また、あんぱんには一般的にけしの実やゴマなどをトッピングしますが、当店では塩昆布のせ。意外な組み合わせと思われるかもしれませんが、ぜんざいに塩昆布が添えられるように、相性がいいんです。そのほか、青じそとチーズのエピなど、自分が食べてみて美味しい組み合わせを既成概念にとらわれずパンで表現しています。
パンのバラエティも日本人好みの菓子パンからフランス由来のハード系パンまで多彩にそろえています。菓子パンなら皮はうすく、中はふっくらさっくりした食感に、フランスパンなら皮はパリッと、中はふっくらやわらかにといった、食感を大切に考えてつくっています。
女性だからといって苦労した記憶はありません。修業時代も男性と同じように鍛えられてきましたし、それが嬉しかった。それでも昔、どうしても瓶の蓋が開かなくて、近所のお店のシェフに開けてもらったこともあります。今は力もついたので、そんなこともなくなりましたが(笑)。
開店して以来、お店をDIYでちょっとずつ手直ししています。スペインで知り合った旦那はスペイン人で、彼の本業が陶芸や絵画などのアーティストでもあるので、DIYは当たり前という文化。日々、周囲からもたくましくなるよう求められるような環境にいます。今ではペンキを塗ったり、タイルを貼ったり、できることが増えました。予算が潤沢にあるわけではないので、女性だからといって甘えてはいられません。本店の白壁のアクセントにもなっている木の板も私が貼ったんですよ。パンづくりにしてもお店づくりにしても、もともと私は何かをつくるという作業が好き。これからも、お店を訪ねるのが楽しくなるような、日々進化していくようなパンやお店づくりをしていきたいですね。
私はほぼ自己流でパンづくりをしてきました。そのため味などが独りよがりにならないためにも、実は今でも休日には尊敬するパン屋で働かせてもらったり、フランスへ行ったときは飛び込みで仕事をさせてもらったりと腕を磨き続けています。他店での修業は、「このパンにここまでこだわってつくっているのか」と刺激を受けることができ、モチベーションを高めてくれます。競合している私を受け入れ、育ててくれる方との出会いは、本当に私の宝物です。
また当店では、時間がかかりますがフランスパンは木製のホイロで熟成させています。木が自然に適度な湿度を保った環境をつくってくれるので、味わいが奥深くなるからです。そんな丁寧なパンづくりの魅力を教えてくれたのも、修業時代のシェフの方々。フランス伝統のハード系のパンから日本人好みの菓子パンまで、これからも基本を大切に美味しいパンを焼いていきたいですね。腕を磨くほど美味しいパンが焼けるので、本当にパンづくりは日々修業です。今後も尊敬するシェフや友人から刺激を受けながら、自分がめざす、“昨日よりも今日、今日よりも明日、もっともっと美味しいパンが焼けますように”となっていきたいです。
セミドライトマトのカンパーニュ 180円(税込)
トマトジュースを水がわりに使った贅沢なカンパーニュ。生地を一晩寝かせて熟成させているので、噛みしめるほど美味しさが広がるような奥深い味わいです。生地に混ぜこんだセミドライトマトは、あえて大きめにカットしているので食感を楽しめ、食べごたえもアップ。カンパーニュですが、外はパリッと、中はもっちりやわらなか食感で、トマトの魅力をたっぷり味わえます。ゴロゴロはいったセミドライトマトが美味しく、満足感を高めてくれるのでランチにもぴったり。しばらく食べていないと、また早く食べたいなと思ってしまう、一度食べるとクセになるパンです。トマトのへたを模ったデザインが目印。
明太フランス 140円(税込)
木製のホイロでじっくり熟成させて焼いたフランスパンに、明太子バターを挟み、パンの上にもトッピングさせて二度焼きしています。さほど珍しいレシピでつくっているとは思わないのですが、明太子バターをつくるときの配合がいいのか、焼き加減がいいのか、「明太子パンはき多やのが一番好き」といってもらえるほどお客様から好評で、よく褒めてもらえるパンです。店主としては、外側のちょっと焦げた明太子バターとパンの外側のカリカリした食感や、パンにしっとりなじんだ明太子バターとフランスパンならではの中のやわらかな食感を楽しんでもらえたら嬉しいです。
小倉あんぱん 140円(税込)
国産の十勝小豆を奈良の吉野の水で炊いたつぶあんを包んでいます。甘みをおさえたつぶあん、菓子パンらしい薄皮、中のさっくりした食感の生地が、大人にも満足してもらえる味わいに仕上がっていると思います。つぶあんとパン生地との比率も考え、どちらかだけが主張するのではなく、たっぷりとつぶあんを楽しめつつも、パンと一緒に食べるゆえの美味しさも追求しています。そして、当店ならではなのがトッピングした塩昆布。甘いものを食べた後に、ちょっと塩気があるとさらに旨みも倍増しますよね。ぜんざいに添えられた塩昆布をヒントに、あんぱんに塩昆布をのせたところ、お客様にも好評で、今ではき多やの定番パンになりました。
店名/手づくりパンの店 き多や 南船場本店
郵便番号/〒542-0081
所在地/大阪府大阪市中央区南船場2-8-14
最寄駅/大阪市営地下鉄「長堀駅」、「心斎橋駅」、「堺筋本町駅」、「本町駅」
アクセス/大阪市営地下鉄「長堀駅」、「心斎橋駅」より徒歩約5分
電話番号/06-6263-8690
営業時間/8:00~18:00(売り切れ次第終了)
定休日/日曜・祝日
※店舗情報及び商品価格は取材時点(2016年4月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。



