
経堂駅前の商店街を歩いて10分ほど、オープンエアな店頭のショーケースにパンが並ぶ、小さな店が「onkä」(オンカ)です。「onkä」はアイヌ語で「発酵する」という意味を持ちます。私は、2014年10月からこの店の店長を務めています。
パン職人になる以前の私は、普通の会社員でした。雇われて働いて、オン・オフどちらも充実して楽しかったのですが、30才になったとき「自分の力で何かやりたいな」とふと思いました。たまたまテレビで女性がパンをつくっているのを見て、今までやったことのない、自分の手でものをつくることを仕事にしてみようと思ったのです。あとで後悔しないように、30才からはちょっと苦労してみよう、って。ベーカリーに入社して、超ベテランの職人さんから1年間指導を受けたことが、パンづくりへのアプローチとなりました。
パン屋の仕事は、もっとつらいかと覚悟していましたが、実際は新しく覚えることが次々とあって、働き始めてから今も、楽しいことのほうが多いです。いちばん感動したのは、バゲットを窯から出した瞬間のパチパチという音!つくる側にいるからこそ聞ける、バゲット誕生の音でした。
いくつかの店を経てから、オンカの系列店である表参道の「パンとエスプレッソと」に入りました。スタッフも若いですし、会社自体も若くて、店舗も商品も、すでにできあがったものではなく、みんなで考えて店をつくっていく、という楽しさがありました。周りがみんな若いせいで、私は、すでにベテランということになり、オンカの初代店長櫻井シェフのあとを引き継ぐことになったのです。
「パンとエスプレッソと」のパンもオンカのパンも、ベースは櫻井シェフがつくったもの。私は、これまで教えられてきたことに忠実に、そして、櫻井シェフが築きあげてきたクオリティをキープし続けることを肝に銘じています。パンづくりは、発酵するパンという生き物に寄り添うこと。いつも同じ、いちばんおいしい状態にできあがるように、日々の変化を感じ取り、こまやかに気にかけ、手をかけてあげることが大切です。
この店は、厨房も外気の影響を受けやすいつくりだから、1年中一定に空調管理された店では気づかないことがたくさんあります。毎日毎日の微妙な変化を感じ取り、パンづくりに反映させていくことで、感受性が鍛えられます。
ラインアップとしては、表参道の店と同じアイテムに、櫻井シェフのつくった食パンとクロックムッシュ、そして新しいものも少しずつ加えていっています。例えば、表参道の店で大人気の「ムー」という食パンがあるのですが、コロネにもムーの生地を使っています。オンカのコロネ、何か特長をつけたいよね、とみんなで考えて、「エスプレッソつながりでコーヒーにしよう!」とチョコレートにコーヒーを混ぜることにしたんです。でも、それでは子どもが食べられなくなっちゃう! ここは、ファミリー層が多い土地柄で、やっぱり小さな子どもさんに喜ばれるものをつくっていきたい。そこで、コーヒーなしの子どものためのコロネと、ほろ苦いコーヒーが香る大人のコロネ、両方をつくることにしました。
パン屋は、どちらかというと男性の仕事で、厨房機器などはだいたい男性のサイズに合わせてつくられています。私は女性の中でも小柄なほうなので、ホイロや窯のいちばん上の段は奥のほうが見えなくて、そこがちょっとつらいですね。苦労するのは、そのくらいです。
小さな店なので、お客様が減る夏場などは、私と販売の女性2人だけで回すこともあります。製造の全てを1人でやるので、常に手を止めず、次の次、そのまた次くらいを頭に入れて効率よく動かないといけない。彼女が休憩の間は接客もしますが、お客様とお話しできるのが楽しいです。「オンカのパンは高い!」というお叱りでも、「あっ、この方が私のつくったパンを食べてくれている」とリアルに実感できて、うれしくなります。
新商品や店づくりには女性目線を大切にしています。パンに関しては、見た目も大いに気にしています。女の子が両手に持ったときをイメージして、丸っこい、コロンとしたかわいい形のパンが多いです。棒状のパンも、両端をシュッと尖らせるのではなく、少し丸っこく成形しています。ショーケースに並べたときに、ほっこりしたやさしい雰囲気を醸し出してくれるんです。
この店は落ち着いた住宅街にあって、お客様も常連さんが多く、店の雰囲気はできあがっているところがあります。このいい雰囲気を壊さずに、でも飽きられないようにいろいろな商品を出していきたいです。櫻井さんがつくり上げたものを大切に守って、さらに積み上げていこうと思っています。
サンドイッチは、以前はつくっていなかったのですが、どうしてもやりたくて、冷蔵ケースを置いて始めました。また、去年のお正月に「初詣帰りなどに手に持って手軽に食べられるように」とつくってみたホットドックが予想以上に評判がよく、定番化しています。
そして、シーズン商品に力を入れて、他店にはないようなエッセンスを取り入れていきたいです。秋はハロウィンのかぼちゃ系、冬はシュトーレン。一昨年は、セミドライにしたリンゴを使った「りんごとアーモンドのシュトーレン」をつくりました。昨年は、レモンピールやオレンジピールにシナモン、クローブなどを入れてスパイシーに。
新しいアイテムをつくるとき、私は、ひらめきを大切にしています。「あれとこれを組み合わせたらおいしそう!」とひらめいたら、どんなパンになるかイメージを膨らませていきます。そして、ほかのお菓子や料理ではどんなふうに使っているかを調べて、そこからもヒントを得ながらレシピをつくっていきます。
今年も、ほかの店とはひと味違うシュトーレンを出して、皆さんに喜んでいただけたらと、考えています。
ライ 250円(税込)
ライ麦粉を4割配合してありますが、櫻井シェフ独自の製法で、小麦粉でつくったバゲットに近いような白っぽい色をしていて、酸味も少なめ。ライ麦の香ばしさとザクザクした食感を楽しめます。ハムやチーズとの相性も抜群で、ライのコールドサンドはうちの冷蔵ケースで人気の定番アイテムです。
くるみパン 220円(税込)
私はクルミの入ったパンが大好き! ライ麦粉を配合して、サクサクしているのに中はもっちりの生地はクルミとよく合います。砂糖は使っていなくても小麦粉の甘みが出て、そのままでもおいしいですし、スライスして軽く焼いても。この生地を使った「くるみとみるく」は、くるみパンのおいしさを皆さんに知ってほしくて、みんな大好きなミルククリームをくるみパンにはさみました。
デーツとくるみ 260円(税込)
くるみパンの生地をベースに、甘みの強いデーツ(なつめやし)を混ぜ、チーズをのせました。クルミと好相性のレ-ズンを使った「くるみレーズン」ももちろんありますが、バリエーションとしてつくりました。これだけで食べても完結したおいしさですし、チーズが少しやわらかくなるくらいに温めると、よりおいしく召し上がっていただけます。
店名/onkä(オンカ)
郵便番号/〒156-0053
所在地/東京都世田谷区桜1-66-5
最寄駅/小田急線経堂駅
アクセス/経堂駅より徒歩10分
電話番号/03-6318-7184
営業時間/11:00~17:00
定休日/火曜、水曜、木曜
※店舗情報及び商品価格は取材時点(2016年10月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。



