
埼玉県のうどんの生産量は全国第2位。香川県に次ぐ第二の“うどん生産県”として注目を集めているのをご存知でしょうか。実際に埼玉には“武蔵野うどん”や“川幅うどん”など、特徴的なうどんも多く存在します。そこで今回は埼玉のうどんに注目。古くから埼玉のうどん文化を支え、それぞれの地域の特色にあわせて誕生したうどんを提供している人気の4店舗をご紹介いたします。
めん工房 久良一
埼玉のうどんのなかでも特に異色の存在として知られているのが鴻巣市の“川幅うどん”です。その幅は8cmを超えるものもあり、日本一幅広のうどんと評されることも。『めん工房 久良一』は市から依頼を受けて川幅うどんの開発を行った元祖の店。こだわりの川幅うどんを提供しています。
めん工房 久良一
- 住所
- 埼玉県鴻巣市人形4-1-36
- 電話
- 048-542-5542
- 営業時間
- 11:30~15:00(L.O. 14:30)/
17:30~21:00(L.O. 20:30)※日曜は昼のみ営業 - 定休日
- 木曜・日曜夜

荒川の川幅日本一認定を機に作られた“幅8cm”のうどん


2008年に鴻巣市の西部を流れる荒川の川幅が日本一の川幅(2,537m)と認定され、鴻巣市では日本一の川幅に見立てた新しいご当地グルメの開発を画策。その際に鴻巣商工観光課が『めん工房 久良一』の店主・小峰久尚さんに声をかけたのが川幅うどん誕生のきっかけでした。
「鴻巣市は雛人形の生産で知られているので、当店では蛤(はまぐり)を使ったうどんも出していました。でもそこまで浸透はしなかったんですよね。常連さんからは人気があったので今でもメニューに残っていますけど。他にも夏には手打ちのひやむぎを出したりもしていましたし、きっと鴻巣市の方はそういうところを見て『あそこならメニュー化に応じてくれるだろう』と思って打診してくれたのでしょう」

誕生の経緯をそう回顧した小峰さんは試行錯誤の末、2009年の夏に川幅うどんを完成させましたが、夏の麺類といえばひやむぎやそうめんなどの細麺が主流。真夏に幅8センチのうどんを出しても誰も注文しないだろうと危惧し、さらに独自のアプローチを加えた上でメニュー化したのだといいます。
「暑くても食べてもらえるように、できる限り夏向けの味にするのが課題でした。わかめ、いりこ、鰹、鯖、しいたけで出汁を取って、薄口醤油で作ったかえしでさっぱりしたつゆを作り、麺も川幅うどんだけでなく通常のうどんも入れて2種類の食感を味わえるようにしたのです」
8cmという前代未聞の幅広うどんは透明なつゆの上で気持ちよく泳ぐように盛り付けられ、清涼感あふれるビジュアルに。その結果川幅うどんは夏場に誕生という逆境を跳ね返し、鴻巣市のご当地グルメとして少しずつ定着。2010年には埼玉B級グルメ王決定戦に初出場で準優勝という快挙を達成し、現在では市内の12店舗が川幅うどんを取り扱うようになりました。
メニューによって2種類の麺を使い分けるこだわり
川幅うどんが誕生した当時に開発されたメニュー『冷製 川幅うどん』(税込690円)。サッパリした味わいのスープが使われていることで小麦の風味もしっかりと感じられます。フワッとした食感の川幅うどんは口の中で徐々に小麦の風味が広がり、一方の通常のうどんは冷やされることでコシの強さが引き立っています。お好みでレモン汁やごま油を入れて味を変化させることもでき、多くの人に受け入れられやすい工夫がされています。
「実はテレビや新聞で『川幅みそ煮込みうどん』(税込990円)が紹介された影響もあって、最近では夏でも『冷製 川幅うどん』は全体の3割くらい。二人に一人は真夏でも『川幅みそ煮込みうどん』を注文されるのでびっくりします。皆さん店内のテレビで甲子園を見ながら、球児以上に汗をダラダラかきながら召し上がられていますよ(笑)」
『川幅みそ煮込みうどん』では使用する麺の太さを通常の川幅うどんよりも厚くし、幅も若干狭めに調整しているそう。毎朝2種類の川幅うどんを仕込み、他にも通常のうどんと蕎麦、さらに夏場にはひやむぎも手打ちで仕込むという麺への強いこだわりが感じられます。
「小麦粉は日清製粉の『真麺許皆伝』と鴻巣市の地粉をブレンドして使用しています。『真麺許皆伝』は食感がよく、粉と水が素早く混ざるので仕事がスピーディーになるんです。やはり5種類も麺を仕込むとなると、作業時間のスピードはかなり重要な要素になりますから。そこに地粉を混ぜることで小麦の風味を強くしています」
以前は夜の営業時間に居酒屋のようなメニュー展開もしていたそうですが、川幅うどんの成功によってうどんと蕎麦に専念できるようになったと嬉しそうに語ってくれた小峰さん。今後も川幅うどんの元祖として、こだわりの川幅うどんを提供してくださることでしょう。


子亀
埼玉県の郷土料理として知られる“冷汁うどん”。味噌とごまをベースにした甘じょっぱいつけ汁のうどんは、加須市にある1952年開業の老舗『子亀』が発祥の店として知られています。最近は古くからの常連だけでなく、SNSやクチコミで知った若いお客様も増えているそうです。
子亀
- 住所
- 埼玉県加須市諏訪1-15-16
- 電話
- 0480-62-2876
- 営業時間
- 11:00~15:00/17:00~20:00
- 定休日
- 木曜、第3水曜

シンプルな食材で生み出す冷汁の奥深さ


埼玉県加須市では古くから小麦の栽培が盛んであり、うどんの文化が強く根付いています。また加須市には畑が多く、きゅうりが豊富に収穫され、夏の気温が高くなるという特色があります。これらの要素が融合され、夏にもさっぱりと食べられるうどんとして誕生したのが“冷汁うどん”です。
「味噌にもぎたてのきゅうりとすりごまを入れ、水で割って食べる『冷汁うどん』は、夏になるとこの地域の多くの家庭で作られてきました。それを当店では昭和27年の開店当時から取り扱っています。材料や作り方は当時からまったく変えていません」
そう語るのは3代目店主の岡戸知幸さん。時代が平成になると同時に店を受け継ぎ、味と伝統を忠実に守り続けています。元祖とされる『冷汁うどん』(税込600円)は甘味が強く、マイルドな味わいに仕立てられています。口当たりが優しく、さらにしその風味やきゅうりの食感が清涼感を増幅。ネギやしょうがを入れることで味の変化も楽しめます。確かにこれなら真夏で食欲が減退しているときでもツルツルっと食べられそうです。
岡戸さんによると、ご高齢者が自宅で作る冷汁は砂糖がたくさん入り、もっと甘く作られていることが多いのだとか。甘さが強めなこの味こそが冷汁うどん本来の味なのでしょう。『子亀』では冷汁うどんを一年中販売していますが、夏場になると実に来客の約7割がこの冷汁うどんを注文されるそうです。


本物の“コシ”が美味しい“加須うどん”

加須市周辺で郷土料理として親しまれてきた冷汁うどんですが、やはり主役となるのはうどんの麺そのもの。加須市で作られるうどんは“加須うどん”と呼ばれ、一般的なうどんと比べると2倍寝かせ、2倍足踏みして作ると言われているそうで、独特のコシの強さが特徴です。
もちろん『子亀』のうどんも徹底したこだわりの元に作られていて、圧倒的な存在感を発揮しています。
「小麦粉自体は一般的なうどん用の粉を使っているのですが、時間をかけて麺を作るという点にはとことんこだわっています。生地を一度こねては寝かせることを繰り返し、表面がつるつるになるまで何度も繰り返すことで、しっかりとしたグルテンを作っていきます。これによってコシの強いうどんができるのです」
こうして作られた『子亀』のうどんはただ硬いだけではなく、麺にモッチリとした弾力があります。噛めば噛むほどに麺の存在感が感じられ、口の中いっぱいに小麦の優しい風味が広がります。
岡戸さんは「最近はただ固いだけの麺をコシが強いと言う風潮がある」と言いますが、『子亀』のうどんを食べればその説にも納得。この麺の存在感があるからこそ、冷汁うどんという個性的なつけ汁のうどんが絶妙なバランスで成り立っているのでしょう。
他にも『子亀』には埼玉B級ご当地グルメ王決定戦で優勝した『肉味噌うどん』(税込620円)をはじめ、『けんちんうどん』(税込860円)、『鴨せいろうどん』(税込860円)など、実に豊富な種類のうどんが用意されています。冷汁うどん以外のメニューにも注目です。
元祖田舎っぺうどん 北本店
東京多摩地区と埼玉県全域に伝わるうどん“武蔵野うどん”のルーツを辿ると、その源流として必ず辿り着くとされるのが『元祖田舎っぺうどん』。昭和48年の創業以来、二代に渡って受け継がれてきた独特の麺とつゆは多くのうどんファンを喜ばせてきました。
元祖田舎っぺうどん 北本店
- 住所
- 埼玉県北本市深井7-159-29
- 電話
- 048-541-4137
- 営業時間
- 10:00~15:00
- 定休日
- なし(1月1日、2日はお休み)

生地の温度を19℃に保つことが美味しさの秘訣


現在は埼玉県北部に8店舗の支店を構える『元祖田舎っぺうどん』。“武蔵野うどん”の源流として知られています。代表の横瀬隆男さんは18歳の頃から北本店で店主を務め、実に33年に渡ってうどんを打ち続けてきました。先代から受け継いだその麺へのこだわりについて、横瀬さんはこのように語ります。
「当店では昔からずっと変わらず日清製粉の小麦粉を使用しています。すごく弾力が出るんですよ。武蔵野うどんというと地粉を使うと思われますが、当店では地粉は使っていません。地粉を使うと独特の風味が出ますが、それ以上に地粉特有の香りが強く出ます。これは好き嫌いが分かれてしまうんですよね。地粉特有の香りがないと、小麦の味もしっかり出ます。これが当店のあっさりとしたつゆとすごくよく合うんです」
さらに『元祖田舎っぺうどん』では麺を最高の状態で提供するために、生地や水の温度を一定に保つというこだわりを徹底しているそう。麺を美味しく打つうえで、これが何よりも重要な要素なのだといいます。
「生地の温度は19℃に保って打つようにしています。この温度で作るのがうどんを一番美味しく作る秘訣なのです。当然夏と冬では気温が違いますし、冬になれば冷蔵庫の中よりも外のほうが気温は低くなってしまいます。常に生地の温度を測定し、温まってしまったら冷蔵庫で冷やし、19℃を下回ったら電気マットのようなもので温める。当店ではそこに一番こだわっていますね」
365日ベストの状態で提供し続けるためのこだわり

名物『きの子汁うどん』(税込600円)でまず驚くのはしいたけの肉厚さ。これは四国の農家と契約し、『田舎っぺうどん』用に生産してもらっているそう。先代の頃は八百屋から仕入れたものを使っていたそうですが、季節によって味に違いが出やすいという難点があったため、多少高くついても同じ農家から直接仕入れることを決意したのだといいます。
「つゆ自体も季節によって微妙に味を変えているんです。夏は汗をかくから少ししょっぱく、冬は少し甘めに、という具合に、麺に合うように調整しています」
あっさりテイストのつけ汁にはきのこの味が凝縮され、コシの強いうどんと、それに負けず劣らず弾力のあるしいたけを一緒に噛みしめると、小麦ときのこの風味で口の中が満たされていきます。ネギやしょうが、トッピングのほうれん草(税込100円)を加えながら味を変化させつつ食べ進め、最後に茹で湯で割ったつゆを飲み干すまで常に幸せな気分で箸を進められる、まさに武蔵野うどんのフルコースです。
また『元祖田舎っぺうどん』には『きの子汁うどん』と、武蔵野うどんの定番メニュー『肉ねぎ汁うどん』(税込600円)の他に『なす汁うどん』(税込600円)も用意されています。こちらにはつけ汁に大きく切ったなすがゴロゴロと入っていて、口に含むと同時につゆがジュワッと広がり、『きの子汁うどん』と甲乙つけがたい人気メニューです。
「昔は『きの子汁うどん』しかありませんでしたが、現在はきの子・肉・なすを3本柱として展開しています。事故や自然災害が発生したとき、ひとつの素材しか扱っていないのはリスクが大きいですから。これが昔から変わった唯一のことかもしれませんね」
唯一変化させたというメニューの追加も、結局は美味しいうどんをいつでも変わらず提供し続けるため。横瀬さんの「美味しいうどんを作る」という真摯な姿勢が随所に感じられるのが『元祖田舎っぺうどん』の最大の魅力なのかもしれません。


藤店うどん 川越店
大宮と川越に店舗を構える『藤店(ふじだな)うどん』。本店である大宮店は埼玉県庁に近く、国道16号沿いに立地していることもあり、埼玉全域から来客のある人気店です。川越駅や川越ICからからほど近い川越店は平成18年にオープン。本店と変わらず平日昼間から多くのお客様が集まっています。
藤店うどん 川越店
- 住所
- 埼玉県川越市新宿町4-1-5
- 電話
- 049-247-7887
- 営業時間
-
10:00~15:00(L.O.)
※土曜日はお土産の販売のみ。売り切れ次第終了 - 定休日
- 日曜・祝日

“藤店うどん”であり、“武蔵野うどん”ではない理由


『藤店うどん』の看板メニューは具材がたっぷりと入った『肉汁うどん』(税抜680円・並盛)。それゆえに『藤店うどん』を“武蔵野うどん”の名店として捉えている人も多いそうですが、代表の小島佳子さんはルーツに武蔵野うどんが存在していることは認めつつも、「武蔵野うどんではなく藤店うどんである」と、店舗の歴史を交えながらこう説明してくださいました。
「当店は戦後間もなくに定食屋として大宮に開業し、業態を変えながら営業を続け、平成13年にうどん専門店としてリニューアルしました。うどん一本での営業に切り替える際に武蔵野うどんのお店はいくつか参考にし、肉汁うどんというメニューを取り入れましたが、ベースとなっているつゆは創業当初からまったく同じ。使用している小麦粉や麺の打ち方もまったく変えていません。なので当店で扱っているうどんは武蔵野うどんではなく“藤店うどん”とさせていただいています」
確かに武蔵野うどんは地粉を使用し、麺がうっすらと茶色く、太さと硬さがあることが特徴だとされています。ところが『藤店うどん』の麺は白っぽく、とてもみずみずしい状態で茹で上がっていて、太さは中太で食感はもっちり。噛むたびに小麦の風味が口の中いっぱいに広がります。いったいこの麺にはどのようなこだわりが隠されているのでしょうか。小島さんに尋ねてみると、その答えは実に意外なものでした。
「当店の小麦粉は昔からずっとオーソドックスな小麦粉を使っていて、国産の何を使うとか、地粉を使うとか、粉に関してこだわる意識はまったくありません。シンプルにコシが強くて美味しい麺を作ろうと思っているだけですね」
すべての素材を店で用意した手作りのつゆが絶品!

麺の素材にはこだわりがないという一方で、つゆには「かなりこだわっている」という小島さん。『肉汁うどん』のつけ汁には豚肉、2センチ前後の長さで切ったネギ、油あげがたっぷりと入り、立ちのぼる湯気が収まらないほど熱々の状態。味は豚肉とネギの旨味がしっかりと溶け込み、甘くまろやかな口当たりです。
「つゆも素材へのこだわりはありません。特別な素材や高級な食材は一切使っていませんから。ただ、新鮮なものを使用し、最初から最後まですべて店で手作りすることだけは徹底しています。鰹節はカビ付きの状態で仕入れ、豚肉も国産のものを塊の状態で購入して毎日店でスライスしています。ネギも朝仕入れたものを切って使っていますし、つゆを完成させるための作業ではひとつも手を抜いていません。本当に新鮮なものを新鮮な状態で提供するということだけはこだわっているんです」
それだけ新鮮な素材を使ったつゆなのですから、素材の味を抜群に感じられるのも当然。しかもつけ汁の中には麺を入れる隙間もないほど具材が入っているため、もはや“食べるつけ汁”という感覚さえ味わえます。
「新鮮な素材をたっぷり使って毎朝仕込むので、朝のスタートは4時になります。5時間の営業時間よりも仕込みの時間のほうが長いのです(笑)。それでも毎日材料が残らないように計画を立てて、毎日常に新鮮なものを提供できるように努力しています」
素材の味を堪能できる肉汁に、もっちりとした食感が特徴的な麺。この二大要素が見事なバランスで成り立つ『藤店うどん』を求めて、現在では外環自動車道や圏央道が延伸したこともあり埼玉県外からの来客も増えているそうです。


日本各地にはさまざまな種類のうどんが存在していますが、埼玉だけに注目してもこれだけ個性豊かなうどんに出会うことができました。今回の4店舗は県内でも有数の人気店ですが、うどんの食感や作り方にこだわりがあるのはもちろん、作業スピードや味の安定性を求めて小麦粉を選んでいる店舗が多かったのは人気店ゆえの傾向といえるでしょう。また、冷たく食べやすいうどんを看板商品として据えることにより、お客様の回転率を上げているという点も共通していました。
2019年公開の埼玉を舞台にした映画のヒットにより、現在埼玉のグルメや特産物にも注目が集まっています。今後さらに埼玉のうどんが盛り上がっていくことは間違いないでしょう。
※店舗情報及び商品価格は取材時点(2019年07月)のものです