


- 平岩
- 菊地シェフが師事されたシェフの皆様からは、どのようなことを学ばれましたか? 2019年7月に、棟田シェフが創業された「ル・サントノーレ」創立40周年のお祝いの会が開催されましたね。棟田シェフは、菊地シェフにとってどのような方ですか?
- 菊地
- 棟田シェフは、ご自分から話されるタイプではなく、いつも聞き手でいらっしゃるんです。面接の時もそうでした。最後にずっと頭を下げて見送ってくださったことが、印象に残っています。
自分が在籍していた製菓学校の先生には、就職先として、「ルコント」や「オーボンヴュータン」のようなクラシックなフランス菓子の店を勧められたのですが、自分は、お菓子の書籍を参考に自ら探しました。 - 平岩
- ここに入社したい!と思った決め手は何だったのですか?
- 菊地
- 当時、「ヴォアラ」には焼き菓子が50種類くらい、生菓子も30種類くらいあって、これだけ覚えたら、自分も将来、ケーキ屋さんが出来るかなと思ったんですよね。でも、棟田シェフは、自分が教えに入るというタイプではなく、先輩達が各々のやり方で教えるという感じの職場でしたね。
- 平岩
- その後、コンクールにも挑戦されるようになり、新宿の「パークハイアット東京」に移られますね。
- 菊地
- 「ヴォアラ」の頃から「内海杯」のジュニア枠など、コンクールに出るようになりました。そこでお会いした横田秀夫シェフは、「お菓子は人間性も大事だ」というお考えの方。その横田シェフが初代のペストリーシェフを務められた「パークハイアット東京」に2004年から約5年いて、その後、フランスに行きました。
当時は、ホテルの二代目のペストリーシェフに就任された野島茂シェフが、世界大会「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」の日本代表チームの一員として出場された2003年の翌年でした。自分は、野島シェフにお会いして、ぐっと能力が伸びたと思います。判断力や、先読みする力、計画性など・・。「失敗する前に、止める判断をする」といったこともそうです。今は、自分がコンクールの作品のアドバイスを求められる立場となり、それが出来るようになりました。
数字にも強くなりました。ホテルでは、メニューチェンジなども多く、アウトプットしなくてはならないものが沢山あります。そういった経験を経てきたので、今、百貨店などの仕事を色々とやっても、頭が追いつくのだと思います。 - 平岩
- 今、お菓子業界では、昔に比べて、若いパティシエの方々の独立志向が薄くなっている、という声を聞きます。菊地シェフは、後進の方々に対して、どのようなアドバイスをしていらっしゃいますか?
- 菊地
- お店を辞めて、フランスに行こうか?あるいは自分で店をやろうか?という人に対して、コンクールに挑戦したり、海外で働くといった道もあるけれど、自分は、早い段階でお店をやるようにとアドバイスしたいです。そうすることで、人生も上手くいくと思います。
実家に帰るという人もいるでしょう。自分の実家も、神奈川県内で洋菓子店を営んでいましたが、自分は跡を継ぐというのではなく自分で店をオープンし、父の店は今年の6月末で閉店しました。 - 平岩
- 独立開業しようというのは、色々と勇気がいると思いますが、具体的にどんなことをしていくべきでしょうか?
- 菊地
- たとえば、開業資金をどう準備するか。お金をどう貯めるかも、自分1人だけでは時間がかかり、開業が遅くなるので、夫婦で貯める方法を考えるといいでしょう。出資者を見つけるとか、居抜きの物件を探すというやり方もあります。本人の能力、レベルに合わせてアドバイスします。
- 平岩
- 物件探しも悩ましいですね。ご縁もあります。
- 菊地
- うちの元スーシェフの清家が独立する時も、自分の知り合いで、菓子店の物件を見るのに長けている方がいらっしゃるので、すぐそちらに連絡するようにと言いました。
自分が恵比寿のあの場所を選んだのは、バス通りで、「ヴォアラ」のある場所と似ていると感じたからです。その通りに自動車を停められるか、車がどのくらいのスピードで走っているかによっても、通りすがりに菓子店があることに気づいてもらって、寄ってもらえるかどうかが変わってくる。コインパーキングが近くにあるかというのも大事です。それから、近隣のスーパーマーケットに行き、停まっている車を見て、そのエリアの客層を見極める参考になります。 - 平岩
- なるほど。「恵比寿のパティスリー」というと、とても都会的でお洒落なイメージでしたが、住宅地にある「ヴォアラ」と共通するものがあったというのは興味深いです。その、菓子店の物件選びの達人の方に、私もお会いしてお話を伺ってみたい!

- 平岩
- 恵比寿と中野という、やや離れたエリアの2つのお店を経営していくにあたって、今後、どのようにやっていきたいと考えていらっしゃいますか?
- 菊地
- 恵比寿では、手がかかる物や、ちょっと珍しい変わった物を求めるお客様もいらっしゃるので、そういうこともやっていきたいです。一方で、中野では、棟田シェフのお菓子を思い出しつつ、どこか懐かしいものをつくっていきたい。
恵比寿にはオープン時から、恵比須様をパッケージに描いた「恵比寿フィナンシェ」という品があり、お土産によく出ています。こういう品をもう1つくらい考えたいです。中野でも「中野フィナンシェ」を出しましたが、少し配合を変え、価格を抑えめにしています。
中野は、区の木が「椎の木」なんです。それに因んで、「椎の木バーム」というバームクーヘンを出したところ、ご好評をいただいています。また、近くの新井薬師公園のケヤキの木をイメージした「けやきのリーフパイ」というのも出しています。近隣にお住いの方々が、ここにしかない物がいいと仰って、どこかに持っていく時のお土産にしてくださっています。 - 平岩
- 地元の地名などに因む焼き菓子は、「季の葩」にも色々とありますよね。私も昔、世田谷区のお店を取材させていただいたことがありますが、地域密着のお店だなぁと感じました。
バームクーヘンは、恵比寿の本店には無かったですものね。「季の葩」に専用のオーブンがあったのですか? - 菊地
- はい。自分も今回初めて、商品開発をしたのですが、試しに「スーパーバイオレット」を使ってみたら、「バイオレット」だけに比べて、すごくしっとりしたバームクーヘンになりました。「バイオレット」は色々なものに使いやすい優等生なんですが。ヴィエノワズリー類には「カメリヤ」も使っています。
ギフト菓子はとても大事で、お店は、そこで売り上げの数字を取らなくてはなりません。
店をやっていくにあたって、職人としてと、経営者としての、両方のバランスをと取っていきたいと考えています。 - 平岩
- これから、他にもやっていきたいことはありますか?
- 菊地
- 中野店にはイートイン席があるので、色々していきたいなと思っています。夏には「松月氷室」の天然氷を使ったかき氷を出していましたが、秋には栗あんみつを、冬にはお汁粉をやりたい、なんて考えています。あの喫茶席は、近隣のデイサービス利用者の方々などもいらしてくださるので、ご年配の方にも気負わずに楽しんでいただけるメニューを出したいですね。
- 平岩
- 恵比寿と中野という、客層の異なるお店それぞれで求められることを考えるのは、大変でもあり、楽しくもありますね。
菊地シェフは、このインタビュー連載にご登場いただいてきたオーナーシェフの方々の中でも、かなり若い世代のお1人でいらっしゃいます。若いパティシエの方々にとっても身近な目標となるでしょうし、これからの洋菓子業界を引っ張っていかれるだろうなと思います。今日はどうもありがとうございました。



菊地賢一シェフ プロフィール
1978年、神奈川県生まれ。世田谷区「アルパジョン」「ヴォアラ」を経て、「パークハイアット東京」で修業。海外に出て「グランドハイアット・シンガポール」や「パークハイアット・パリ・ヴァンドーム」で腕を磨く。在仏中、「ガストロノミック・アルパジョンコンクール」優勝。帰国後、自由が丘「ガトーナチュレール シュウ」シェフパティシエを務め、2012年の開業前に、パリ「セバスチャン・ゴダール」で研修。同年11月、「レザネフォール」を恵比寿に開業。東京都洋菓子協会の技術指導員や、全日本洋菓子工業会 PCG編集委員の仕事も務める。


パティスリー レザネフォール
中野店
東京都中野区新井5-5-10
TEL:03-3386-8633
営業時間:9:00~20:30
定休日:不定休
「Les Années Folles(レザネフォール)」とは、フランスの1920年代、ピカソやコクトー、ココ・シャネルといった文化人らが活躍し、クラシックからモダンスタイルへ移行していく自由と活気に満ちた繁栄の時代のこと。その名のとおり、「温故知新」「レトロモダン」をテーマに、フランス菓子の伝統と革新が感じられるパティスリーです。中野店は、「アルパジョン」「ヴォアラ」時代の師匠、棟田純一氏の店を受け継ぎ、2018年4月にリブランドオープン。広い厨房と喫茶席も備え、ファミリー層にも親しみやすい品揃えと、自身の原点であるフランス菓子とが両立する、地域に愛される店を目指しています。
平岩
菊地シェフの恵比寿のお店のオープン時、最初にお伺いした時のことを今でも覚えています。代官山でお菓子のイベントがあり、間もなくオープンだという噂を他のシェフやメーカーの方から伺って気になり、帰りにそのまま坂道を下って探したところ、開業準備中でいらしたのを発見したのでした。それで「初めまして実は・・」とご挨拶。今では色々な機会にご一緒していますね。恵比寿は割と出向く場所なので、お店も覗かせていただきますが、お出かけのことも多いですね。2店舗になってますますご多忙だなぁと思いつつ、お店を任せられる体制をつくっていらっしゃることに感心します。知り合いの農家さんのフルーツが使われた新作を見つけると、こんなケーキが出ていましたよ!と報告するのですが、喜ばれていますよ。
※店舗情報及び商品価格は取材時点(2019年8月)のものです。
最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。

菊地シェフ
中野店のオープンは、4月末でしたが、すごく暑かったですよね。初日はあんなにお客様がいらっしゃるとは思わず、かなり並ばせてしまってすみませんでした! 昨年の夏は、沖縄の農家さんを訪ねて、そこから届いた美味しいパイナップルを使ったお菓子を出しましたが、平岩さんからは、TV番組で作った特別なデザートを食べたいと声をかけていただきましたね。特注アントルメとあわせて、皆さんで中野店に食べに来てくださったのが嬉しかったです。
果物の産地を訪ねるパティシエツアーや、講習会、試食会などでもご一緒していますね。以前に、九州訪問ツアーを企画していただいたこともあり、栗やいちじくも見られて、楽しかったです。また何か面白い企画があったら、勉強したいので誘ってください!