平岩理緒さんが迫るトップパティシエの仕事 平岩理緒さんが迫るトップパティシエの仕事

Vol.17パティスリー モンプリュ 林周平シェフ 神戸ならではの菓子を発信する決意。譲れないフランス菓子への
思いと、今こそ問われる分析・判断力とは?

「自分ならでは」のお菓子作りの考え方

平岩
最近は、労働時間を減らすには手間のかかるお菓子をやめなくては・・といった声も聞かれますが、いかが思われますか?林シェフの、お菓子作りに対する考えをお聞かせください。
「難しい物を作ると、下の子達が出来ない」というのは、教える努力をしていないだけだと思います。2回でも3回でも、出来るようになるまで教えたらいいんです。
効率化、とよく言われますが、うちのお菓子は、形を変えることでも問題が生じることがある。だからそこは変えられないというのがあるんです。
平岩
市場では「インスタ映え」が求められるからと、お菓子も見た目の華やかさが優先される傾向がありますね。
自分が思う「インスタ映え」は、「かっこいいお菓子」。どこに視点を置くかが違うんでしょうけれどね。売れなくてもいいから、自分にストレスのかからないお菓子を作りたいと思うので、そんなふうに気にしない。店の理念に基づいてやるから、ブレないんです。
平岩
「モンプリュ」さんにとって、一番大切なお店の理念というのは何ですか?
「フランス菓子を神戸で広めたい」ということです。
企業理念というのがどれだけ大事か、ということを忘れて、崩れていく会社というのも、数多く見てきました。
平岩
では、林シェフにとって「フランス菓子」とは?何をもってそう言えるのでしょうか?
自分達もそうですが、最近のフランス人シェフ達も、味覚が変わってきて、「フランス菓子」というのが崩れてきているんですよね。日本人は、きめ細やかで、なめらかで、ふんわりしたものが好きですね。でもフランス人も好きになってきているように思う。チーズケーキとかシフォンケーキなんかが、フランスでも流行っていますよね。
平岩
林シェフのお菓子は、「クラシックなフランス菓子」というイメージがあり、特にメレンゲを使ったお菓子にファンが多いですね。伝統的な製法を大切にしているといったことがありますか?
菓子を作る間には、「この一歩手前は、点を見出すように作業しなくてはならない」というものがあります。その1点を逃すと駄目なんです。
たとえば、「ビスキュイジョコンド」というアーモンド生地は、合わせるメレンゲには砂糖を入れない作り方が、本来の方法です。でも、“古きよきフランス菓子”の伝統は、30年前に止まったと自分は思います。
平岩
メレンゲに砂糖を入れないのは、気泡を大きくして生地がしっかりシロップを吸い込むようにだそうですね。確かに、今は、メレンゲは誰が立てても失敗しないように、最初から砂糖を全量入れて・・というようなマニュアル化、指導をすることが多いですね。「その一瞬を逃してはいけない」というような、職人的な勘を要求しなくなっています。
最近は、フランスには行かれていないのですか?
フランスは、ここ5-6年行っていないですね。従業員の慰安旅行のために、そろそろ行きたいとは思っていますが。
平岩
それは皆さんも喜ばれることでしょう! 今、どのくらいの人数のスタッフの方がいらっしゃいますか?
製造が6人、販売が6人です。製菓学校から研修に来ていた、この春の新卒3人が4月から入社し、販売からスタートです。うちは、自分が指導するというのではなくて、下の子達に預けるというか、任せています。「人に教える」ということの一環です。
平岩
経営者の皆様は、週休2日制を実現できるか?という課題に悩んでいらっしゃいますが、こちらではいかがですか?
もともとの火曜定休に加えて、今は第1・第3水曜も休みにしました。本当は、週休2日を目指したいところですが・・。
ただ、最初にも話したように、休日を増やしても、売り上げの数字は落ちていないです。皆、前年対比の数字を追うから、辛いんですよね。落ちても上がってもいいけれど、何があったのか?と分析するやり方が重要。数字だけ追っても仕方がないんです。
それに、もう紙の資料は要らないですよね。今時、パソコンでやったらいいし、Excel(エクセル)くらいは使って、原価計算とかしたらいい。どんどんアプリ化していかないといけません。うちは、材料の価格が変わったら、それを表に打ち込むと、全てのレシピに変更が反映されるようにしてあります。
平岩
それは凄い! 合理的ですね。仰るとおり、パティシエの世界はまだまだアナログな部分があり、デジタルツールに苦手意識をお持ちの方も多いですよね。私も、連絡はメールでなくFAXで送ってと言われることも、未だにあります。
メーカーさんのパンフレットとかも、展示会とかで紙で配られると、「要らん!」と思ってしまう。最近は、スマホで見られるリーフレットとか、QRコードを読みこめば詳細がわかるというのも出てきていますが、その方がいい。
平岩
ところで、「モンプリュ」さんでは、林シェフ以外のスタッフの方が考えたお菓子がショーケースに並ぶ、ということはあるのですか?
店には自分のお菓子しか出ない。それをやってしまうのは、自分にとっては、お客様への裏切り、という気がするんです。スタッフのモチベーションが上がる、と言う人もいるかもしれませんが、そんなことでやる気を出させなくていいと思います。
平岩
お菓子作りの話が出たので、小麦粉の使い分けについてもお伺いします。何種類かを使っていらっしゃいますか?
うちは6種を使い分けていますね。薄力粉がスーパーバイオレットを含む3種と、中力粉が2種、強力粉はスーパーカメリヤの1種。中力粉は、「アリ・ババ」のように生地に強さが欲しいものに使っています。日にちをおいて“戻り”が欲しいものなんかもそうですね。
フィユタージュ(折り込みパイ生地)には、北海道産の中力粉だけれど薄力粉に近く、縮みが少ないものを使っています。内麦は、メーカーに関わらず、もろくとけていくような食感になるんですよね。うちの折り方は、3つ折り6回。口にして歯が当たったら、崩れるような食感をイメージしています。フランスのフィユタージュに近い感じですね。ガレット・デ・ロワ用の生地も、同じ作り方です。
強力粉は、薄力粉と半々とか、4:6の比率とかで使うことが多い。あと、もの凄く粉が少ない配合の中に3%程入れると、たとえば薄いロール生地とかが、巻いても壊れないしっかりしたものになります。
平岩
やはり手間を惜しまず、出来上がりのイメージに合わせて、使い分けたりブレンドしたりなさっているのですね。

菓子業界の今後について思うこと

平岩
今、お菓子業界もどんどん、変革を迫られています。プラスチックゴミや二酸化炭素排出量を減らすために、レジ袋のバイオマス化が推奨されて、今年7月より、条件に該当しない袋は有料化が義務になりますね。コンビニやドラッグストアでも、4月から袋を変更すると共に、有料化に踏み切っています。
海外は、箱とかリボンとかの包材が別料金、というのが普通ですからね。世の中全体がそうなっていくと、菓子屋もそれに倣いやすいのではないかと思います。
平岩
今後、ご自身がやっていきたいことや、お菓子業界に対して、伝えていきたいことはありますか?
神戸でやっていて、東京は、全く気にならないです。全く比較にならないので、東京がこうだから・・とか、東京で売れてるから・・という情報が入ってきても、東京は特殊なんだと思う。世界中でもあんな所は無いですからね。以前、パリから来日した友人を案内して、渋谷の街が夜1時でもまだ明るいと驚かれました。
だから、「東京の人の意見を聞いたらアカン」って思っています。
平岩
神戸のパティシエ8名の皆様による「ORIGINE KOBE(オリジンコウベ)」のプロジェクトも、もう5年程、続けていらっしゃいますね。
あれは、「神戸からのお菓子を発信していこう」という活動です。昨年、初めて皆で台湾に行き、講習会も開催しました。利益が出るものではないけれど、台湾はいいですね。皆の熱量が高くて、昭和時代の日本みたいだなと思いました。業界の中に色々なグループがありますが、自分達は、人数が少ないし、全員オーナーなので判断が早い。今年の秋を目指して、本を出そうという計画もあるんですよ。
平岩
「ORIGINE KOBE」によるレシピ本ですか?それは楽しみです!
これまでも、8人での講習会はずっとやってきましたが、今後は、ゲストシェフに参加してもらうとか、新しいこともやっていきたいです。
平岩
「ORIGINE KOBE」の皆様は、本当に絆が強いなと感じながら拝見しています。神戸ならではのお菓子を発信していかれるのを、これからも楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。

林周平シェフ プロフィール

1965年、香川生まれ。大阪、神戸のホテル勤務を経て、1989年に渡仏しパリ「ニッコー・ド・パリ」「ジャン・ミエ」(現在は閉店)で修業。帰国後、「シーサイドホテル舞子ビラ神戸」や「御影高杉」(現在は閉店)のシェフを務める。2005年12月、神戸に「パティスリー モンプリュ」こと「monter au plus haut du ciel(モンテ・オ・プリュ・オー・デュ・スィエる)」をオープン。2015年4月、神戸のパティシエ8人によるプロジェクト「ORIGINE KOBE(オリジンコウベ)」をスタート。2003年、神戸市優勝技能者に選ばれている。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2020年3月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。