菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、埼玉県さいたま市「パティスリー アプラノス」の朝田晋平シェフにお話をお伺いしました。日本を代表するホテル勤務からスタートされ、「浦和ロイヤルパインズホテル」のオープニングより約13年に渡りペストリーを統括。2011年9月に自店を開業されました。お店の現在の状況や、若い方々に伝えたいことと共に、2020年に世界を大きく変えた新型コロナが製菓業界に及ぼした影響について、今後の展望をお伺いしました。
新型コロナによる緊急事態宣言の時期を振り返って
- 平岩
- こんにちは。お久しぶりですが、皆様お変わりなかったですか?今年は、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が出された4月以降、家庭の巣ごもり需要で、個人の菓子店の多くはご盛況でいらしたと伺います。色々と影響がありましたか?
- 朝田
- はい。おかげさまで店は賑わって、5月の母の日がピークでした。裏の駐車場まで行列が出来るほどでした。
例年、中国をはじめとする海外や、日本各地での講習会を受けていますが、その予定は中止になりましたね。
- 平岩
- 今回は、コロナを経たことによる変化についても、後ほど詳しくお伺いしたいと思います。
開業されて、今年は9年目ですね。お店の今の状況について、どのように考えていらっしゃいますか?
- 朝田
- 今は、収納場所が少ないのが悩みの種です。冷凍、冷蔵のスペースが足りないですね。近所で探してはいるのですが、そこに莫大な金額はかけられませんので、家賃などでなかなか折り合いません。今は、店が入っているマンションの3階に1部屋借りて、何とかやっています。冷凍庫は特に欲しい。どれだけうまくストックできるかで、仕事の効率が変わります。


- 平岩
- ここ数年、菓子店の「働き方改革」として、いかに効率よく仕事を進めていくかということは、業界全体の課題となっています。さらに新型コロナ感染拡大の影響もあり、よりいっそう意識が高まっていますね。
- 朝田
- うちも緊急事態宣言以降、営業時間を以前の10時~19時から18時までに短縮し、アイテム数も減らしました。早く終わるスタイルを続けていくためにどうしたらいいかと考えています。もともと火曜定休で、水曜との連休にする週を増やしていますが、完全週2日の定休日を目指したい。でもお菓子1つずつのクオリティは下げたくないんです。
- 平岩
- アイテム数は、具体的にどのくらい減らされましたか?

- 朝田
- 以前は、生菓子も最低35種類くらいありましたが、今は26種ほどです。コロナ流行の第一波の時には、焼き菓子の種類も減らしました。ただ、定番人気の品は切らさないようにした。リーフパイとかメレンゲ、フロランタンといったものです。実際、売り上げが下がってもいないですし、お客様から種類が少ないと言われる訳でもなかった。コロナだったから特別、というのではなく、今の感覚で問題ない気がしています。
うちは、目玉商品があってそれを買いにくるというお客様より、店に来て選ぶという地元のリピーターのお客様が多い。1種類くらいは決め打ちで「○○を買いたい」というのがあっても、「あと何があるんだろう?」という感じ。だから、モンブランにしても、たとえば和栗と洋栗の2種類を両方揃えるというのではなく、週ごとに今週は和栗、来週は洋栗、みたいな品揃えの方がいいんです。
- 平岩
- 26種類というのは、選択肢として充分ではないかと思います。私も、久しぶりにショーケースを拝見しましたが、生菓子の種類が減った、という印象を受けるということはありませんでした。
新作もちょくちょく出されていますし、毎年、季節ごとに登場する旬のフルーツを使った品もありますよね。

- 朝田
- 「ココバナーヌ」というココナッツとバナナのガトーも、最近出した新作で、今年のジャパンケーキショーの『SWEETS COLLECTION』に載せる予定で撮影しました。これも、手間を増やさないという意味でも、飾りパーツをのせずにシンプルに仕上げています。
- 平岩
- 2020年のジャパンケーキショーの開催は、色々と悩ましいですね。(※7月末に開催中止が決定しました)朝田シェフのお菓子は、シンプルに素材を活かしたものが多いですよね。地元産の苺やベリーを使ったお菓子も人気ですね。
- 朝田
- 旬の時期には、浦和の「美園いちごランド」さんの朝摘み苺を使っていますし、その農家さんのご紹介で、美園産の朝摘みブルーベリーも入手できるようになったので、季節にはタルトなどを作ります。フルーツタルトには、クレームダマンドではなく、クレームフランジパンヌが好きですね。ブルーベリーのタルトには、クレームディプロマットにサワークリームを入れて合わせたりしています。
卵は埼玉県の「彩たまご」を使っています。あと、長野の杏や、和歌山の桃、福島のりんごなど、その季節ごとに各地の農家さんから届く素材を大切にしていますね。

- 平岩
- シンプルな構成に見えるフルーツタルトも、フルーツの特徴をより活かすためにクリームを変えるなど、目に見えない一工夫をしていらっしゃるのですね。
お菓子の素材については、チョコレートにしても小麦粉にしても、沢山の種類がありますが、どのように使い分けをされていますか?
- 朝田
- ホテル時代は、結構使い分けていましたが、今はストックスペースの問題で、汎用性の高いものを使うようにしています。本当は色々使い分けたいとは思うんですが・・。小麦粉だと、薄力粉2-3種、強力粉1-2種くらいですね。
ロールケーキは、普段は2種類作っていて、看板商品の「あさだロール」には、この小麦粉というのがあります。あと「和三盆ロール」ですね。
メーカーさんの商品は、ちょっと多すぎるかな・・と正直思うところもあって、使うかどうかは、品質のいい悪いというよりも、好みやタイミング次第でもあります。チョコレートは、12-13種類くらい使っていますが、国産のチョコレートなんかも今はかなりよくなっていて、価格も安い。あと、女性スタッフには25kg袋だとやっぱり重いので、使い勝手のいい仕様も求められますね。このお菓子にはどうしてもこれでないと、という物もありますが、そうでもないという物もあります。たとえば、「焼きショコラー極(きわみ)ー」は、自分がベトナムに足を運んでカカオの生産者さんとも話をしてきたチョコレートを使って創ったスペシャリテです。
- 平岩
- そういう思いがお客様にも伝わって、夏も人気のチョコレートケーキなんですよね!
最近、夏にはかき氷を出されていましたが、今年はいかがですか?新型コロナで喫茶営業を休止したお店が多く、その後も休止を続けているお店もありますが、「アプラノス」の場合は、ご近所の方や車でいらした方が利用できる、テイクアウト可能なかき氷ですね。
- 朝田
- これまで、夏にはかき氷やソフトアイスを提供してきましたが、今年は正直、少し悩ましいですね。テラス席を利用してもらうかどうか、ということも考えなくてはなりません。お客様から求められればやろうか・・と思っていますが。
7月になると、夏の定番人気商品になっている、わらびもちや水まんじゅうを作りますよ。自分自身が好きだからね!
- 平岩
- 水まんじゅうは生クリームとフルーツ入りで、洋菓子店ならではの和の涼菓、という感じですが、わらびもちは、本気で炊いていらっしゃる「和菓子」ですよね(笑)。ジャンルを限定せず、朝田シェフがいいと思う様々な素材やお菓子に出会える、というのが「アプラノス」の魅力になっているのだと思います。
店の体制をどのように整え、継承していくか
- 平岩
- 今、お店のスタッフの方はどのくらいいらっしゃいますか?
- 朝田
- 今は、製造が自分を入れて6人、販売が2人。これまでで一番少ないかもしれません!僕が外の仕事に出るので、もう少し増やしたいですね。
- 平岩
- 確かにそれは、「アプラノス」の規模を考えると、かなりの少数精鋭体制ですね・・。
「お取り寄せ」の需要が高まったことを受けて、オンラインショップに力を入れたり、新たに始めたりするお店もありましたが、それについてはいかが思われますか?
- 朝田
- オンラインショップをやる気は、あまり無いんです。以前に、郵便局のカタログギフトの仕事を受けたことがありますが、売れた時に、そっちに仕事の手を取られてしまうんです。やはり、お店に来てくださるお客様を大切にしたい。
表示シールの問題もあって、生菓子や容器包装されていない品を自店で売る分には、原材料やカロリー表示の義務は無いんですよね。でも、たとえば百貨店さんでクリスマスケーキを売るとなると、箱に貼らなくてはいけなくなる。お付き合いもあるので、台数を制限しつつやっていますが・・。
- 平岩
- カロリー計算のソフトなどもありますが、手を広げると、その分するべきことは増えていきますね。
- 朝田
- 今回の新型コロナを経て思ったことは、普段からきちっとした物を作り、まじめにやっていて、お菓子だけでなく接客も含めて安心感のある店は、悪い影響を受けていないな、ということです。菓子店はある程度、自然淘汰されていくと思います。あちこち自粛期間中の時期も、「こんな時にお店をやっていてくれて助かります。これくらいしか楽しみがないので・・。」と言ってくださるお客様が大勢いらっしゃいました。そんなふうに、自分達は、日々の仕事を愚直にやっていくしかないと思います。



- 平岩
- 人をどうやって育てていくか?働き手をどうやって確保するか?ということに、多くの菓子店が悩んでいますが、朝田シェフはどのようにお考えですか?
- 朝田
- 自分が勉強していたエリアと、店を出したエリアが違うことで、ギャップに悩む若い人は多いですよね。サイズも金額も地元に合わせないと商売が成り立たなくなる、という話になりますが、そこはバランスが大事です。やはり、地元に受け入れられるものを提供していかなくてはならない。となると、前提として、どこでやるのかという選択も大事ですよね。その中で、自分の思っているものをどう入れていくか、という話になります。
今は、そのバランスが取れない若い世代が多い。自分のやりたいことをやるためには、やらなくてはいけないことをする必要がありますが、後者をないがしろにしがちなんです。
- 平岩
- せっかく菓子店に就職しても、自分のやりたいことと違う、と辞めていく若い方もいらっしゃるようで、残念ですね。
- 朝田
- うちも、去年の暮れに新しく人を採用したんですが、数ヶ月やっても店のやり方と合わないんですね。そこがずれる場合は、お互いにとってよくないので、無理せずに辞めてもらった方がいい、ということもあります。
- 平岩
- 朝田シェフが外のお仕事を受けられるには、お店を任せられるスーシェフの方の存在が不可欠ですね。「アプラノス」では、今は、星陽二さんがスーシェフを務めていらっしゃいますね。お店の仕事にしっかり取り組んでいらっしゃるのはもちろん、様々なコンクールにも挑戦されています。
- 朝田
- 彼は新潟出身なんですが、「浦和ロイヤルパインズホテル」に新入社員として入社してきた時からの付き合いで、もう14年くらいになります。毎日の仕事の流れとかは、ほぼ任せています。
- 平岩
- オーナーシェフにとっては、頼れるスタッフの方が、やがて独立するという時期が来た時、次に任せられる人材を育てられているか?ということを繰り返すケースが多いですよね。
- 朝田
- そのタイミングが来たら、その時の状況によりますが、自分の店を、スタッフに譲ってもいいと思っているんです。今、新しい店を始めるというのは、色々なリスクを背負うことになりますから、そういう形で継承していけたら、それもいいかなと。今は、「息子が跡を継ぐ」という時代でもないですし、1代限りで終わってもいいんですが、「武蔵浦和のケーキ屋」として存在を残したい、という思いはあります。
- 平岩
- これから、そういう形で継承されていく菓子店も出てくるような気がします。「アルパジョン」の棟田純一シェフも、お弟子さんでいらした「パティスリー レザネフォール」の菊地賢一シェフに託され、「レザネフォール中野店」としてリブランドオープンされましたものね。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2020年7月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。