Vol.19パティスリー キャロリーヌ 中川 二郎シェフ 自分の人生をプロデュースするとは?
仕事のシステム化と職人の生き方の継承

菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、練馬区春日町「パティスリー キャロリーヌ」の中川二郎シェフにお話をお伺いしました。「東京製菓学校」で長く教員を務められ、今もスタッフの方々が様々なコンクールで優秀な成績を収めているのを拝見すると、日頃からどのように接していらっしゃるのかが気になります。時代の変化を踏まえつつ職人を育てていきたいという思いや、生産者との繋がりを大切にした専門店ならではの商品づくりについて、お話を伺いました。

職人としての心構えをスタッフに伝えるには

平岩
こんにちは。今年は様々な講習会やイベントが中止や延期になり、なかなかお会いする機会がありませんでしたが、お元気でいらっしゃいましたか? 新型コロナの影響でコンクールもほとんど中止になりましたが、キャロリーヌさんと言えば、ジャパンケーキショーや内海会(※現代ホテルベーカリーの創始者として洋菓子界に多大な功績を残した故・内海安雄氏の思想を継承し発足した会。若い菓子職人の育成及び業界全体の技術向上を目指し、各種コンクールの主催や技術講習会などを行っている)のコンクールなどでもスタッフの方々のご活躍が素晴らしく、業界の注目の的です。今回のインタビューでも、ぜひそのあたりのお話を伺わせてください。
中川
こんにちは、お久しぶりですね。職人というのは、人生のプランを立てて、1つ1つ階段を上っていくものです。今、何をするべきかと考えながら、新しいことにもチャレンジしていく。そのように、自分の人生をきちんとプロデュース出来なくてはなりません。これは、自分が学んだ原点と言える2店から継承していることでもあります。「東京カド」の高田壮一郎社長や、「スヰング」の創業者の鈴木善四郎さんという恩師から、自分もそのように指導していただいたので。
平岩
今日は、14時半からお時間を取っていただきましたが、厨房のお仕事も、既に一段落されている様子ですね。昨今の「働き方改革」は、やはり意識して実践されていますか?
中川
うちの店は5年というスパンのなかで、スタッフ達を切磋琢磨させるようにしています。専門学校を卒業して、大体、20~25歳くらいの期間ですよね。コンクールについては、やった方がいいと言ったことはないですが、やりたいという人がいれば、そのための環境づくりはしています。早上がり制にしていて、平日なら3人、土日なら4人残して、あとは早めに仕事を終わらせて、自分の時間に充てられるようにしています。
平岩
こちらにあるように、「コンクール参加 心得」というルールを明文化されているのですね。
「1.計画書を提出のこと(目的と意志の確認)、2.電気・水道の無駄の無いよう心掛けること、3.材料は、きちんと記録しコンクール後に清算する・・(略)・・・6.体調管理を心がけ、仕事で迷惑をかけないこと(状況によっては、辞退してもらいます)、7.場所を提供していただいていることを念頭において行動すること」と全7条。どれも大切で、当たり前と言えば当たり前のことですが、つい忘れがちなことかも知れません。こういった厳しさと温かい応援とが表裏一体となっているからこそ、結果を勝ち取る強い精神力と意志力が培われるのですね。さすがです!
中川
「良い職人とは」というのを書き出した一覧もあります
平岩
「お客様に対し気持ち良い笑顔が出来る人。早くてきれいな仕事を出来る人。材料・素材をむだに捨てない人。道具を大切に扱う人。周りを見渡しながら注意深く仕事を出来る人。人に思いやりを持って指導できる人。」・・なるほど。このように文章にして、スタッフの方々の目に触れるように掲げておくことも大切ですね。

働き方をどのように効率化するか

平岩
今、スタッフの方の人数はどのくらいですか?
中川
製造は6人と私で、販売が7人です。
平岩
あれだけの種類の生菓子を出されていても、限られた人数で効率的に仕事をされているのですね。
中川
そうですね、生菓子はショーケースに50種類くらい並びます。フランスで働いた時に、パリの「ジェラール・ミュロ」がそうでした。フランスで学んできたことは、システム化が大事、ということですね。
平岩
「ジェラール・ミュロ」は、私がパリに初めて行った頃も、お菓子にパンにショコラにお惣菜と、とにかく品揃えが多いことに圧倒されました。フランスの古きよき店、というイメージでしたが、そんなにシステム化されていたのですね。
中川
実はスタッフの人数も少なかったですよ。フランスへ行って、「日本は10年遅れているな」と思いました。冷凍庫をうまく使うシステムが出来ていましたね。それを始めたのはルノートル氏ですよね。私はペルティエ氏が亡くなられた年にフランスに行ったのですが、いずれも、当時、輝いているお店でした。今は、パリにもシュー・ア・ラクレームの専門店が出来たり、品数を絞った店が増えていますよね。
平岩
フランスでは現在、週の労働時間35時間以内というのが徹底されていて、日本以上に効率化が要求されていますよね。 中川シェフは、具体的にはどのように、仕事の効率化を図っていらっしゃるのですか?
中川
まず、1週間の製造スケジュールを立てることです。1回で仕込めるものはまとめて仕事をする。たとえばシュー生地もまとめて作って冷凍しておきます。
平岩
絞った状態で冷凍しておくということですか?
中川
そうです。それを朝焼きします。うちは、パートにも手粉を打たずにのして、両面をフィルムシートで挟んだ状態で冷凍しています。
平岩
ストックスペースは、次第に不足してきて悩んでいらっしゃるお店も多いようですが、その点は問題ないのですか?
中川
この店は、ストックスペースはかなりあるんです。いずれ足りなくなるだろうと思って、25坪の物件が2つあったのをまとめて借りたんですよ。私は42歳で独立してお店をやりましたから、途中から店を拡張したり移転したりというのも難しいと予測していたので。1日の売り上げ規模も予想して、計算していました。クリスマスにはさすがに足りないので、外部の冷凍庫を借りますが・・。
平岩
周到に計画を立てていらしたのですね!
中川
そもそも、この物件に出会えたことは大きかったですね。前の道幅は6m以上ありますし、商店街でもないので、車を停められてもクレームにならずに済んでいます。それに、北向きで日が入らないのもいいですね。
平岩
物件選びもご縁ですが、全てに満足できるということはなかなか無いので、皆様、やっているうちに色々と気になる点が出てきて、数年後に移転や改装をなさるというケースも多いですよね。かなり先のことまで考えて、お店づくりを進めていらしたのですね。
中川
自分が考えているのは、お客様にいらしていただけるようなお店にするということです。コンクールに挑戦するというのも、その一つのきっかけになりますね。今年、スタッフ達は皆、ジャパンケーキショーの準備をしてきましたが、今回は残念ながら開催中止になりました。ですが、人生にとって、チャレンジすることはとても大切です。
平岩
スタッフの方々は、専門学校を卒業した新卒での採用が多いですか?
中川
そうですね。うちは新卒がほとんどです。だから、社会人として身に付けなくてはならないことを、ここで学んでいってほしいと思っています。年に1回、OB会もやっていて、卒業生達が集まるんですよ。
平岩
ずっと交流が続いているのですね。それはいいですね!
ところで、昨年から今年にかけて、商業施設への出店も含めて、2店舗目を開業するパティスリーが多く見られました。キャロリーヌも、どこかの商業施設に入ってほしいといったお話は何度もあったのではないかと思いますが、そういったことはお考えになりましたか?
中川
支店を出す、という気は全く無かったです。確かにオファーはありましたが、自分の目が届かなくなるのは嫌で、目の届く、やれる範囲でやるしかないと思っているんです。そのために、品数を減らしたりすることになっても、それはそれでいいのではないかと思います。
平岩
今、多くのオーナーパティシエの方々は、「働き方改革にとらわれて仕事をどんどん減らしていくと、職人が育たなくなってしまう。」という危機感を抱いていらっしゃると思います。そのことについては、いかが思われますか?
中川
先日、スタッフが計量ミスをしてしまって、商品にならなかったことがあったんですね。その分、材料や時間を無駄にしてしまった訳ですが、そのスタッフは、終業時間になっているからと、その分のフォローを翌日に回した。でも、自分達の若い頃は、もしミスをしたら、その日のうちにどうにかしなくてはと考えましたよね。だから、そういう気持ちが大切なのだという、職人としての心構えを説きました。自分はやはり、職人を育てていきたいですね。
平岩
もちろん、長い時間働けばいいというものではなく、限られた時間内で働くというのも大事なことです。そこはバランスが難しいですが、気持ちの持ち方というのはありますよね。今、休業日は月どのくらいですか?
中川
店の定休日はおよそ月1日のみですが、スタッフの休みは月に7-8日あります。私がフランスにいた頃も、既に週休2日制でしたよ。
平岩
シフト制で、交替で休んでいらっしゃるということですね。確かに、フランスの菓子店は、日曜・月曜とか、しっかり休むところが多いですよね。
中川
今の世の中は情報過多ですよね。SNSとかも含めて、労働条件に関する情報も色々と入ってくる。でも間違った情報というケースもあるんですよね。「食育」という観点からも、間違った情報が伝わっていることもあり、正しい情報を伝えなくてはいけないな、と思います。そのためにも、勉強しなくてはなりません。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2020年9月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。