若い世代のパティシエ達に伝えたいこと
- 平岩
- 永井シェフは、お店の若いスタッフの方に注意したり叱ったりしなくてはいけない時、どのように話されるのですか?
- 永井
- 今は、若者をいじりまくってます。本人は何気なくやっているんだろうなと思って、普通は、面倒くさいからスルーしてしまうということが多いけれど、俺はしつこくからんでいく。「そうやったということは、つまりこう考えているんだよね?」という具合に。以前はすぐにブチ切れていましたが・・(笑)、年を取ってくるとそれも疲れるし、自分でも楽しんでやっていきたいですしね。
自分が昔、注意してもらったり叱ってもらったりして、今、こうなったという担保があるので。子どもを育てるのでも何でも、経験則から模索しながらやっていくんだよね。日本の場合は、何でもマニュアルに落とし込む。それは、作業に対してはいいけれど、人間には効かないんですよ。
スタッフでいるうちはわからないものですが、それぞれ自分で店をやるようになって、皆、「今になってわかりました」と言ってくるから、「遅いよ!」と突っ込んでます(笑)。
- 平岩
- ご自分もシェフや経営者の立場になって初めてわかる。そういうものですよね(笑)。「ノリエット」から独立された元スタッフの方々が頑張っていらっしゃるのは、何より嬉しいことですね。
- 永井
- OB、OG達は、お中元なんかを送ってくれたりするので、御礼の電話をすると、色々と相談されることもよくあります。
彼らは、自分の性格をよくわかっているから、昔のイメージと違うのか、「そんなふうに言われるとは思いませんでした」とびっくりされたりもする。東京と地方の差もあるよね。



- 平岩
- 名古屋で2016年に「プラス・オ・ソレイユ」を開業されたOBの寺山直樹シェフも、昨年秋に「JR名古屋タカシマヤ」がリニューアルオープンした際に、ご出店されましたね。コロナ禍で、おそらくお店もお忙しいと思いますし、地方は働き手の確保に悩むところも多いので、この時期に大丈夫だろうか?と気になったのですが・・。
- 永井
- 若い世代のシェフ達は、まずは、一生懸命、店の名前を売らないと、という思いがあるからね。だから、前のめりにならないように、初めは最低限でいいよ、と言っています。本人達はなかなか客観的に見られないのだけれど、商売は長い目で見なくてはならなくて、3年や5年で答えが出るものではない。10年やっても無くなっていく店もある。そうではないところを目指してほしい。

- 平岩
- 今「ノリエット」のスタッフの人数は、どのくらいいらっしゃいますか?
- 永井
- 製造は、自分を入れて8人です。
- 平岩
- 販売はパート・アルバイトの方ですか?
- 永井
- いや、1~2人を除いて社員です。ずっと同じ人に長くいてほしいと思っているので。髙島屋に出店していた頃からそうしています。厚生年金にかかる費用とかも大変だけれど。四六時中、一緒にいると、家族みたいな感覚になって、その人の生活の先行きも気になるようになりますね。
- 平岩
- 最近は、そういう雰囲気でやっているお店は少ないと思いますが、それも、「ノリエット」らしさに繋がっているのかもしれませんね。お休みは増やしていますか?
- 永井
- 今は週休2日制にしましたね。仕事に対してはやさしく出来ないので、やさしく出来るところはそうする、みたいな感じです。ただ、仕事の担当に関して、生菓子とか焼き菓子とか、ラミノワール(生地を伸ばす機械)とか、昔に比べて、覚えるまで長くかかるようになったと思います。それに、新卒採用すると、かなりの割合で辞めていく。学生生活と職場とのギャップがありすぎるんでしょうね。今の学校は、「職業訓練学校」ではなくなっている。厚生労働省の認可校ですらそうで、国がそれを許しているというのも問題だと思います。
- 平岩
- 最近は、製菓学校やスクールも数多くなりすぎて、いかに学生さんに来てもらうか競い合い、お客さん扱いになっているところもありますね・・。
今日はいつになく、お菓子そのものに関するお話よりも、「物づくり」の考え方や、今の世の中に対する思いを伺っていますが、ここで少し、小麦粉のお話も伺ってよろしいですか?お店では、何種類くらいの小麦粉を使っていますか?製粉会社さんに言いたいことがあればぜひお聞かせください。
- 永井
- 7~8種くらい使っています。内麦もありますよ。製粉会社さんには、作りすぎ、種類が多すぎると言っています。普通の菓子屋はそんなには要らないし、これ以上、使い分けるのは大変だよ。各社、沢山の種類がありすぎて、何を選んでいいのか正直わからない。でも、日清製粉さんの「エンジェライト」を使ってみたりはしているよ。
- 平岩
- 確かに、小麦粉も生クリームもチョコレートも種類が多い。そこから選ぶのも大変ですよね。それでもやはり、物づくりをなさる方は、新しい素材が気になると、ひとまず試してみようと思われるのですね。
まだまだ色々と伺いたいところですが、そろそろ、「プティ・リュタン」のランチタイムが始まりますね。コロナ禍で、町中の菓子店は賑わっているところも多いですが、レストランは色々と大変な思いをされていますよね。

- 永井
- ランチは予約のお客様も多く盛況でありがたいのですが、夜は前日までの要予約、営業も20時までとしたら、誰も来ないという状況が続いています。日本は、ヨーロッパと比べたら、かなり感染を抑えていて凄いと言えるんだけれどね。対策も必要ですが、経済も回さないといけないと思う。下高井戸でも、だいぶ閉店したところがあります。薄利多売の居酒屋業態みたいなところは厳しいよね。
- 平岩
- 最後に、これからの製菓業界に対して思われること、若い世代に伝えたいことを一言、お願いいたします。
- 永井
- これからは、「エーデルワイス」グループの創業者でいらした比屋根毅さんや、「キャトル」の東健司さんのように、大きな規模でやれる人というのは少ないと思います。色々とやりづらい世の中になっている。一方で、「○○専門店」みたいな業態も沢山出来ていますが、面白みが無いと思うんですよね。
菓子屋でない才能も必要になっていく時代です。個性を前面に出してやっていってほしいですね。
- 平岩
- 「売れる店・お菓子」より、「自分がやりたい店・お菓子」を形にしていくことが、これからのパティシエのやり甲斐になっていくのでしょうね。今日は、どうもありがとうございました。

永井紀之シェフ プロフィール
1961年、東京生まれ。辻調理師学校フランス校卒。東京・世田谷「オー・ボン・ヴュー・タン」にオープニングスタッフとして入社し、その後渡仏。南仏・ヴァランス「ダニエル・ジロー」、グルノーブル「ドゥ・ヴェルバル」、パリの二つ星「ミッシェル・ロスタン」、ポンドイゼール「ミッシェル・シャブラン」、スイス・ジュネーブ「ホテル・インターコンチネンタル」、ルクセンブルグ「オーバーワイズ」などで6年間を過ごし帰国。1993年に「ノリエット」をオープン。製菓専門学校の特別講師として後進の育成にも力を注ぐほか、クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ理事なども務める。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2021年03月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。