今の世の中に合った商品開発とは
- 平岩
- お店の人気商品についてもお伺いします。生地が虹の7色に染められたショートケーキ「レインボー」。これはショーケースの中でもとても目を引きますね。でも、天然着色料しか使われていないのですよね?ぱっと見で「SNS映えする」と思われそうな商品ですが、単に見た目を華やかにしただけでないというのが素晴らしいと思います。
- 荒木
- これはずっと研究してきて、この天然色素の配合を開発するのに2年くらいかかりました。最近、やっと完成したんですよ。
今後、たとえば1本数万円するパウンドケーキとか、「クラウドファンディング」で購入者を募ったら面白そうですね。1個100円する卵なんかを使って・・。
- 平岩
- 「レインボー」は税別650円と、通常の苺ショートケーキが税別440円なのに対して、開発に手間ひまをかけられただけの価格帯だと思います。値段が高くなっても、それだけの価値を感じていただける品を開発していく必要がありますね。
一方で、手頃な価格の品も多く、人気商品のカスタード入りパイ「さくっとコルネ」などは、なんと税別140円!まとめ買いされていくお客様も多いですね。カスタード、生クリームの2種類がある「シュークリーム」も、税別で250円。生クリームとカスタード入りの「クリームシフォン」なんて、しっかりとボリューム感があるのに税別299円とは、お安い!
- 荒木
- 今後も、お菓子の価格は二極化していきますね。お客様が、「お金が無くて、欲しいけれど買えない」ということもある時代になってきています。
- 平岩
- 今の世の中は、豊かそうに見えて、実は「隠れ貧困」が社会問題になっているように、経済的な格差が大きくなっていますものね。



- 荒木
- 日本人の30-40代の平均所得は、この20年で、140万円下がっていると言われています。でも、保険料や携帯料金などの固定費は上がっています。「美味しい」だけのお菓子だったら、リピートしてはもらえない時代なんです。
ここ、蓮根という場所は日本の縮図なんですよ。50年前、日本有数のニュータウンであった高島平の団地などもすぐ近くにあります。でも、その賃貸住宅が古くなっても、修繕することが出来ない。子供にかかるお金も、塾代など含めて上がっています。そういったことが、町を見ているだけでもわかります。
- 平岩
- 鋭い視点で、今の社会や地元の町についても分析をされているのですね。
- 荒木
- この辺りは、生活コストは安く済んでいて、地元の商店街で事足りるので、一般的な「東京プライス」のお菓子をやっても、なかなか売れないんです。「ここのケーキは高い」と言われてしまいます。それでも、ずっと値段を上げ続けてはいるのですが・・。
- 平岩
- 2022年は原材料費や光熱費、輸送費など様々な価格上昇もあって、今後、どのようにお菓子の価格を上げていくかというのは、多くの菓子店にとって大きな悩みとなっています。
- 荒木
- 「レインボー」はショートケーキですから、チョコレートのお菓子などに比べて原価は安いんですよ。でもこれは、「洋菓子の技術」を価値として売っています。因みに、うちのショートケーキには「エンジェライト」を使っていますよ。小麦粉は7-8種類くらい使っていて、「ふわふわ系」を主体に、特に3種くらいをベースとしています。
今年の夏までに一番売れたのは、ラッコ形の陶器入りの、フルーツショートに涼しげなブルーのゼリーをのせた品でした。正直、何が売れるかわからないというのがあります。

- 平岩
- 「らっこさん」、ショーケースに並んでいましたね。税別650円ですから、決してお安い訳ではないですよね。らっこ形の器は珍しいかも・・。菓子店で初めて見ました。
- 荒木
- ハロウィン商品でかぼちゃの器入りとか、どの店でもやることはやらないでおこうかな、と考えるようになってきました(笑)。うちでは、グラサージュがけの菓子とか、セルクルで仕込んだ菓子とかも売れないですね。
800~900円くらいのイベント限定品で、他に無いようなものが好評です。母の日にも、カーネーションをのせたヴェリーヌを出したら人気でした。お客様の反応は、提案の仕方次第ですね。
- 平岩
- 他にも、これまでに出された中で人気だったのは、どのようなお菓子ですか?
- 荒木
- 金魚の形の器に透明ゼリーがのっているものは人気でした。プリンセスの姿を模したプティガトーも。韓国スイーツとして話題になった「トゥンカロン」も、マカロン生地を帆立貝の形に作ったら好評でした。
- 平岩
- 金魚スイーツとは?!と思いましたが、お店のInstagramで2021年の7月に投稿されていますね。その前年の夏にも。帆立貝形のマカロン生地にクリームや苺を挟んだ「トゥンカロン サマースタイル」の投稿も見つけました。仰るように、他店で見たことのないようなスタイルのお菓子が多いと思います。
ドレスに見立てたデコレーションのプリンセススイーツ、ホールケーキで見ることはありますが、プティガトーでも出されたのですか?手間はかかりますが、注目されそうですね。
- 荒木
- 商品開発の際、コンセプトや企画から入って、それに合わせて型を探して・・というパターンは割とあります。既にある道具やメーカーのレシピありきというのではなく。
特に地方に行くと、同じ時期に同じような物がどの菓子店にも並んでいる、ということがよくあるように思うんです。
うちは、クッキーの抜き型も3Dプリンタでオリジナルのものを作ってもらったり、子供の日には「かぶと」形のクッキーを販売しますが、これも「メルカリ」でみつけた型を使っていたりします。
- 平岩
- まさかの「メルカリ」とは! 荒木シェフは発想が柔軟でいらっしゃいますね。 お客様に、「あの店にしか無いから買いにいきたい」と思っていただけることは大切ですね。

今後の業界展望と、自身が目指す夢
- 平岩
- ところで、催事出店販売などを検討されたこともありますか?
- 荒木
- 外部の催事は、全てお断りしているんです。僕は車に乗らないので、納品も、誰が持って行くの?ということになってしまいますし。
そもそも、そんなに沢山のお菓子を作れないですね。この店も、コロナ禍でお客様が増え、その方々が周囲に広めて、また別のお客様を連れてきてくださっています。店の広さの問題もあり、11-3月の繁忙期は特に、作っても置く場所がないんです。
だから普段も、冷凍工程の要らない菓子、20個単位で追加できるような菓子を考えるようにしています。それに、製造する人間が変わっても、すぐに誰でも作れるようなお菓子です。 でも、化粧品やサプリメントの開発の仕事なんかは、外部から受けているんですが・・(笑)。
- 平岩
- 化粧品やサプリメントの開発にも関わるパティシエとは・・多才でいらっしゃいますね?! 今後、荒木シェフが、若いパティシエのかたや菓子業界に伝えていきたいことや、ご自身のこの先の展望についてお聞かせいただけますか?
- 荒木
- 自分が目指すのは、「関わった人が心豊かな人生を送る」ような生き方です。お菓子はそのためのツールなんです。
これからは、OEMの採り入れ方も肝要になります。うちの「ソフトクロワッサンラスク」も、実は他所で焼いてもらっていますが、同時に、スーパーマーケットなどと同じ物が並ばないようにしたいです。
- 平岩
- 他に無いオリジナリティの感じられる、その店ならではの品を出していくというのは、これからの菓子店が生き残っていくために重要なことですね。

- 荒木
- いい仕事だから、若い方達にも楽しみながらやっていってほしいです。もっと自信を持ってやっていいと思うんです。若い世代が長く続かずに辞めていくというのは、今、パティスリー業界だけに限らず、全業種に同じことが言えます。
雇用側も、責任を果たさなくてはなりません。最低賃金を割ってしまっている店というのも多い。うちは、見なし残業も含めてですが、初任給月額23万円にしています。
- 平岩
- それは、働く側にとってもありがたい金額だと思います。
この業界は、「“修業”なのだから最初は給料は安くて当たり前」というのが慣例的になってきたところがあると思いますが、今はそれでは難しく、若者が続けたがらない状況になっている。そこは見直していかなくてはなりませんね。
- 荒木
- それぞれのスタッフの働き方、大切にしている優先事項など、尊重していかなくてはなりません。先ほど話したスタッフも、「推し」の誕生日には自主的に残業して、バースデーケーキを作っていました。
僕も、自分が若かった頃の話もするし、彼らから色々と教えてもらいます。
- 平岩
- 誰かのためにお菓子を作りたいという気持ち、微笑ましいですね。
荒木シェフご自身が今後やっていきたいこと、目標は何ですか?
- 荒木
- 物作りをしている人、個人店の人など、専門職の方をサポートするような“アカデミー”をいつか立ち上げたいという夢があります。僕は占いもやっていて、「開運スイーツ」なども提案していますが、「運命学」とスイーツとのコラボみたいなことが出来たらと思うんです。
- 平岩
- パティスリー業界だけでなく、様々な世界の方々と繋がりを広げていくことが出来たらいいですね。
「開運スイーツ」(?!)は気になるので、後ほどYouTubeでチェックしておきます!
- 荒木
- 人は、どれだけ自分が満たされているかによって、それを人にも及ぼしていくことが出来ます。お菓子って、1000-2000円くらいで人を満たすことが出来るんですよね。「心躍る」というキーワードで、幸せが連鎖していくといいなと思っています。
- 平岩
- 今日はどうもありがとうございました。コンサルタントとしても、占い師としてのお顔もお持ちの荒木シェフならではの、独自の視点でお菓子業界を捉えていらっしゃる、興味深いお話をお伺いすることが出来ました。
これからの時代、それぞれの生き方を尊重し、皆が心豊かな人生を送れるような菓子作りと店作りをしていけたらいいですね。

荒木浩一郎シェフ プロフィール
1974年、長崎県生まれ。
千葉県松戸市の菓子店の長男として育ち、製菓学校卒業後、吉祥寺「エスプリ・ドゥ・パリ」などに勤務。渡欧してルクセンブルク「オーバーワイス」、フランスMOFショコラティエ、セルジュ・グランジェ氏の「オ・デリース」で学ぶ。帰国後、中沢乳業株式会社に入社し、シェフパティシエとして日本各地や海外での講習会、商品企画・開発に関わる。2014年6月、独立して自店をオープン。現在も開発コンサルタントを務め、占い師としての顔も持つ。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2022年08月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。