「働き方改革」と「付加価値」を両立する商品作りとは?
- 武田
- ケーキは、飾りなどはシンプルにしていますね。構成も、中にジュレやクリームなどのセンターを入れる組み立てにすると、冷凍して固まってから次の工程となるため、3日目でやっと完成、のような流れになってしまう。それに型の洗い物も増えます。そのため、カードル仕込みが多く、層もフラットに流す作り方を主流にしています。ジュレの層が、物によって色がにじんだりすることもあるので、使い分けもしていますが。様々な形のシリコン型が出ていますが、手数が増える点もあるんです。ヨーロッパの方が、日本よりも労働の効率化が進んでいますよね。
- 平岩
- なるほど。冷凍工程で効率化できる面もありますが、逆に冷凍しない方が効率化できるという部分もありますよね。使い分けが必要ですね。他にも工夫されたことはありますか?
- 武田
- うちの平窯は、店のオープンの時から使っているもので、サイズが小さいので、焼き物の入る量が限られます。でも、たとえばケークは、以前は1回のロットで120本を仕込んでいましたが、今は3倍量を一度に仕込んでいます。そのために、ミキサーも大きなものを導入しました。ホール販売用のサイズと別に、カット販売用には、特注で大きな型を作ってもらって、それで焼くようにしたんです。最近は、知り合いの店でも、このやり方をしているところは増えていますよ。後で厨房もお見せしますね。


- 平岩
- ありがとうございます!確かに、この10年ほどはスリムサイズのケーク類が流行って、ホール販売は細身サイズが増えましたが、それをカットしたのだと、断面の面積が小さく見えますし、型が入る個数も限られますよね。
- 武田
- ケークのスリムサイズは 長さ21cm×幅4cmですが、大きな型は、長さ50cm×幅6cmです。
でも、ロールケーキなどは、沢山作れないのが逆によかったようで、限定品みたいな感じで人気です。
- 平岩
- 長さ50cmとは、確かに特注ですね!先ほど、アントルメのショーケースの中で、かなり食べ応えのありそうな「モンブランロール」や「ベリーロール」のホールサイズが、税込1,512円となっていて、これはお値打ち!とびっくりしていました。クッキーがけの「シュークリーム」も人気ですが、税込172円って、相当お安いですよね。
- 武田
- 「シュークリーム」は沢山売りたい商品で、鮮度が大事なので、カスタードクリームも、毎日4L炊いていますが、使い切りたいんです。だから、プティガトーのショーケースの中でも、一番入り口近くに並べています。
うちのような地域密着のお店だと、中身のわからないケーキって売れないんです。10年目にしてやっとわかったという感じなのですが(笑)。29歳の時に店をオープンした頃、おしゃれなシリコン型のケーキとかを作っても、売れなかったですね。その点、カードルで仕込んだケーキは、側面も見えて安心できるんですよね。
でも、この店になって去年からの1年で、少し新しい、シリコン型のデザイン性の高いケーキも出すようになりました。「木苺ショコラ」とか「ほうじ茶モンブラン」などがそれです。
- 平岩
- 「ストーン型」と言われる型を使ったプティガトーですね。お店をリブランドして高級な雰囲気にしたことで、こういうお菓子も求められるようになってきたということなのでしょうね。


- 武田
- また、2週間ほどで無くなる「プレミアムシリーズ」というのも始めました。今年の1月に、「マクドナルド」と「GODIVA」がコラボしたチョコレートドリンクが期間限定で発売されたじゃないですか。あの値段を見て「高い!」と思ったのですが、こういう限定品ってありなんだなと思いました。実際、バレンタインの限定商品はありますか?と聞かれたりもしたんです。そこで、チョコレートのシュークリームであれば、味も想像できるし、皮もクッキーも中のクリームもプレミアムなチョコシューを出すことにしたんです。価格も税込324円でしたが、予約がめちゃくちゃ入って、すごく反応がよかった。
今は、定番の「二宮プリン」のプレミアム版ということで、「プレミアム二宮ピスタチオプリン」を3月初めまで出していますが、予約がばんばん入って、好評です。これも、スーパーマーケットでピスタチオペーストが売っているのを見て、そんなにピスタチオが人気なんだなと思って、作ることにしたのですが。

- 平岩
- マクドナルドで発売されたコラボ品「ゴディバ ホットチョコレート」は、Sサイズ350円 Mサイズ440円でした。ケーキなみの価格ですね。 先ほど、ショーケースにあった「プレミアム二宮ピスタチオプリン」は、瓶入りの「二宮プリン」は税込270円ですが、プレミアム版は税込432円。確かにお値段もプレミアム仕様ですが、残り僅かしか並んでいませんでしたね。短い期間しか食べられないとなると、ますます食べたくなりますね。
- 武田
- この後は、「プレミアムティラミス」を出したいです。普段のティラミスは国産のマスカルポーネを使うのですが、この時はイタリアの「ガルバーニ社」のものを使おうと思っています。堀江シェフが、2000年に、ドイツのエルフルトで開催された料理コンクール世界大会に出場して優勝した時に、ティラミスを作られたんですよ。
その次は「プレミアムチーズタルト」のように、お客様が想像できるお菓子を美味しく作る、ということをやっていきたいです。
- 平岩
- どれも気になります!イメージしにくい新作のお菓子よりも、よく知っているお菓子のプレミアム版というのはわかりやすいですね。
- 武田
- あるジェラート屋さんに行った時に、フレーバーにこだわり過ぎていて、普通の「バニラ」が無くて、がっかりしたことがありましたが、自分も同じことをやっていないだろうか?余計なことをしてしまっていたのかも、と気づいたんです。
シンプルに素材を活かして、期待値を超えて一口で満足できるもの。作り手としては、つい、要らない層を入れがちなんですよね。期間限定でも、一年後にまた販売するというのでいいかなと思っています。
- 平岩
- 武田シェフは、日々の様々な出来事から、お店の経営やお菓子作りのヒントを得ていらっしゃるのですね。これから作っていきたいお菓子というのは、他にもありますか?
- 武田
- 自分は、繁盛店で修業してきたので、「売れるのが当たり前」と思っていたところがありました。でも実は、お菓子が売れることってすごいことなんだなと、客観視するようになりました。
今後、焼き菓子やチョコレートには力を入れてやりたいです。チョコレート感もふわっとした食感もあるような、単品勝負で、1個の品だけで10個入ギフトにできるような、リッチな焼き菓子を新たに作りたい。これを、スタッフが安定して作れるように、いかに製造に落とし込むかが課題です。
最近、スタッフもボンボンショコラを作りたいと言い出し、2年目、5年目、6年目の3人の女性スタッフ達が、クリスマスからバレンタインにかけて楽しそうに作っています。ホワイトデーにも、15個入のボンボンショコラのギフト箱を作りたいと提案してきたり。ショコラは練習中で、まずは手頃な価格で広めたいので、レジ横での袋入り販売など、お試し購入の機会を繰り返しています。家庭用に、ちょっと欠けてしまったクッキーとか。
- 平岩
- 職場の雰囲気、それは嬉しいですね。ショーケースに並んでいたボンボンショコラギフトは、そのスタッフの方々が作られたものだったのですね。手描きの説明書も可愛らしかったです!
ギフト品の強いお店のシェフから、試食やお試し販売をする積み重ねが大事というお話を伺ったことがあります。普段から味を知っていただいておくと、手土産としても安心して購入できますよね。

- 武田
- 何だか最近、お父さんのようになってきて、職場もアットホームです。
菓子店って、ギフトで季節感が出せていないことが多いと思うんです。夏だからゼリー、というのではなく。たとえば、「メゾンドゥース」さんが、地元の八王子産のパッションフルーツを使ってマドレーヌを作っているのを見て、夏向けにいいなと思いました。
- 平岩
- オンラインショップでも販売されていますね。他にはないオリジナリティがあって、いいですよね。
- 武田
- やってみたけれど、思うほど売れなくてやめたギフト菓子、というのもありますよ。「アイスドーナツ」とか、冷凍で地方発送もできると思い、専用の包材も作ったんですが。
- 平岩
- やはり、看板商品のギフト菓子というのは、様々な試行錯誤をしながら、時間をかけて育てていくものなのですね。
お菓子に使っている小麦粉についても、少しお伺いできますか?
- 武田
- 日清製粉さんの小麦粉は、薄力粉の「バイオレット」と、強力粉の「リスドオル」を使っています。「リスドオル」は、吸水安定がよく、味や香りもいいので、パイやサバランに。他社の中力粉も、もっちり感を出したい「焼きドーナツ」専用で使っているものがあります。正直なところ、使う材料もなるべく減らしたいというのがあります。でも、「エクリチュール」は美味しいですね。
若いパティシエ達をどのように支えるか
- 平岩
- お店のスタッフの方々には、どのようなことを伝えていきたいと思っていらっしゃいますか?
- 武田
- うちのスーシェフは、この3月にお店を卒業して、30歳までに独立したいという目標に向けて、フランスへ行きます。幸い、その次にスーシェフを務めるスタッフは育っているのですが、今は、上に立ちたいという子が減っていますよね。
プレッシャーに負けてしまうので、押し付けないようにして、サポートしています。その子の歩幅に合わせて、やりたいことがある子は、それを支えてあげるということですね。

- 平岩
- 「よかれと思って責任ある立場を任せたら、若いスタッフが辞めてしまった」という話は、他店からも伺ったことがあります。70年代生まれ以前くらいのオーナーシェフ達は、ご自身が修業していらした頃の環境と今とでは、大きな差が生じていますよね。今の若いパティシエの方々との考え方の乖離は、今の菓子業界の課題です。
- 武田
- うちは幸い、ここ5-6年ほど、人材不足で困ったことはないですが、人が辞めてしまう、定着しない、と困っているのであれば、根本的に変えるしかないですよね。
今後は、労働時間もより少なくしていきたいと考えています。それによってプライベートも充実させて、好きなことをやってほしいです。
- 平岩
- 「コンクールの練習をする」というのもそうですし、お菓子業界だけを見るのでなく、様々な見聞を広め体験することで、武田シェフのように、何かのヒントを見つけることも出来ますし、どのようなことでも糧にしていけますよね。
さらなる「働き方改革」も、武田シェフならば、着実に実現していかれるように思います。今後も、「リューコレット」の行く末を楽しみにしています!

武田利秋シェフ プロフィール
1978年、神奈川県生まれ。
製菓学校卒業後、2001年より東京・新宿の「ラ・ヴィ・ドゥース」オープニングスタッフとして勤務。2005年に渡仏し、「アルノー・ラエール」「ローラン・デュシェーヌ」「ホテル・プラザ・アテネ パリ」などパリのMOFシェフのもとで修業。2006年「アルパジョン・コンクール」ピエスアーティスティック部門で優勝、大会グランプリを受賞。2007年に帰国し、銀座のレストラン「ベージュ アランデュカス トーキョー」スーシェフパティシエに就任。2008年、神奈川県二宮町にあった「パティスリー サン・マロー」の建物を居抜きで受け継ぎ独立オープン。2010年に至近距離のより大きな物件に移転。2021年2月、「パティスリー リューコレット」と店名を変え、市内の新たな場所に移転オープン。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2022年02月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。