Vol.29パティスリー・ラ・ベルデュール 服部 明シェフ 若い職人達に伝えたいこと。
「正解」の無い、それぞれの店が考えるべき経営課題とは

菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、横浜・緑園都市で1995年に創業した「パティスリー・ラ・ベルデュール」の服部明シェフをお訪ねしました。近年はチョコレートにも力を入れられ、2020年には、横浜駅隣接の商業施設内にチョコレート専門店の別ブランド「BLUE CACAO」もオープン。2022年度より社団法人神奈川県洋菓子協会会長に就任され、ますますお忙しい日々をお過ごしでいらっしゃいます。今の製菓業界への思いや、職人として経営者として、進むべき方向についてお考えを伺いました。

平岩
こんにちは、服部シェフ、久しぶりにお店にお伺いできまして嬉しいです。遠くから見ても目立つ2階建ての一軒家風で、中もやはり広いですね。お菓子の種類も多く、最近はこういう個人オーナー店は少なくなっているので、圧倒されます。
服部
こんにちは。本店の建物は、最近、バックヤードでチョコレートのアトリエを広げたり、ストックルームや事務所のスペースを増設したりしました。常に、足りなくなっては継ぎ足していった感じなんですよ・・。
この辺りは住宅街で、昔は商店街にも30軒くらいの店がありましたが、今はもう残り1軒くらい。500mくらいの間に5-6軒のケーキ屋があったんですよ。でも皆さんやめてしまわれましたね。
平岩
そんな中で、「ラ・ベルデュール」さんが、長年、地域で愛され続けていらっしゃるのは、凄いことですね!
服部
オープンしたのは1995年で、10月13日の金曜日。しかも仏滅だったんですよ。とにかく1日でも早くオープンしたかったので・・。
平岩
家賃も発生しますものね。従業員の方々の人数も増えたことでしょう。今は何人くらいいらっしゃるのですか?
服部
製造は、僕を含めて25人ほどです。最初は2人だけだったんですよ。 2007年からやっているブーランジュリーもあるので、そちらも合わせて販売も含めると、70人以上のスタッフがいます。
平岩
大所帯ですね!長年勤務されている方もいらっしゃいますか?
服部
10数年勤めているというスタッフは多く、20年以上という人も6人くらいいます。決して、「残ってほしい」と言っている訳ではないのですが・・。一番最初の、僕と2人だった時のスタッフも、今も働いてくれているんですよ。
平岩
それは素晴らしい!服部シェフのお人柄あってこそ、皆様がずっとここでやっていきたいと自然に思われるのでしょうね。
服部
もちろん自分も、長く勤めてくれているスタッフがいると仕事がやりやすいので、ありがたく思っています。 ただ、長年勤めているスタッフはいても、スーシェフは次の世代に譲っていこうと考えています。
平岩
若い職人を育てていくことの大切さと難しさは、今、色々なシェフ達からお伺いする、この業界の大きな課題です。
服部シェフは、2022年度から、神奈川県洋菓子協会の会長になられましたよね。協会の中でも、何とかしていこうという問題意識がありますか?
服部
神奈川県洋菓子協会の会長になって、この業界に恩返しをしていきたい、と思っています。 今は本当に、菓子職人達にとって大変な時代になってきました。「お店を売りに出す」とか「規模を縮小する」といった話も耳に入ってきます。

今の時代、個人店はどのように差別化するか

平岩
そんな時代に、個人オーナーの菓子店は、どのようにして差別化すればよいと思われますか?
服部
個人店は、大手には出来ない「手作業」や「出来立て感」を打ち出すことが必要だと思います。もちろん、「働き方改革」の課題もあり、同時に労働効率化もしていかなくてはならないので、どこまで「出来立て」を許容するかという問題はありますが・・。
平岩
ただ、最近は、大手チェーンやフランチャイズ展開の菓子店なども、「出来立て」感の演出を意識している傾向も見られますね。
服部
そうですね。ですが、「ギフト」は差別化できるカテゴリーだと思います。
平岩
確かに、価格を抑えた大手グループのお店は、自家用のお菓子を買うには使い勝手がいいけれど、ギフトはやっぱり個人店のこだわったパティスリーで買いたいと思うお客様は多いようです。
服部
自分のところはチョコレートに力を入れるようになりましたが、これは計画生産が出来て、ロスが出にくいカテゴリーです。その利益をパティスリーの方に還元することが出来ます。
平岩
仰るように、この5-6年程、人気パティスリーが2軒目の展開として、チョコレート専門店をオープンする例が目立ちます。アイスクリームと組み合わせたりしつつですね。
服部
銀座の「エルドール」の修業時代から、こだわってお菓子を作っていました。当時はわからなかったですが、思い返してみると、いかに手間をかけていたかというのが後からわかりましたね。あの頃と同じような手間はかけられないので、変えるべきところは変えていくのですが。
若い方々に仕事をきちんと覚えてもらい、給料もちゃんと出し、利益もちゃんと出す。こういったやり方を、「エルドール」で一緒に働いた先輩である神戸「レーヴ・ドゥ・シェフ」の佐野靖夫さんや、大先輩の福岡「フランス菓子16区」の三嶋隆夫さんにお願いして、勉強させてもらったりもしてきました。
息子はいますが、この仕事は「後を継ぐ」というのも難しいと思っています。今の若い子達は親世代のような苦労をしていないので、子供に対して期待をするということでもないのかなと。その子には自分なりのやり方があるので、プレッシャーになってはいけない。継いだ後に廃れていってしまうというケースも色々と見てきました。
平岩
「オ・グルニエ・ドール」の西原金蔵シェフも、息子さんの裕勝さんに後を継がせるというのではなく、自店の「ナンポルトクワ」を開業して経営されているのを見守っていらっしゃいますね。
服部
2代目というのは、やはり少しずつ変えていく必要があり、今のお客様も大事にしつつ、自分のやりたいことをやっていかないと、という話もします。でも、あそこの店は親子で衝突したらしい・・といった噂も入ってきますね。
僕達が育ってきた時代とは、やり方も変わったし、自分と子供とでは性格も違うということを理解していないと・・。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2022年09月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。