製菓業界の現状と今後
- 平岩
- この数年で、製菓業界の状況が、大きく変わってきましたね。
- 服部
- フランスもそうですね。今の時代は、行きつくところまで行ったという感じで、パリでも、プティガトーが1個15ユーロくらいするような店に行列が出来ているでしょう?
- 平岩
- パリの高級ホテル「ル・ムーリス」のシェフパティシエ、セドリック・グロレ氏のお菓子が話題となり、ホテルのパティスリーブティックだけでなく、2019年末にはオペラ座近くに路面店の「セドリック グロレ オペラ」がオープンし、私もコロナ禍前に行きましたが、そのとおり行列で、1個10数ユーロくらいのお菓子が目立ちました。
- 服部
- すごく手間のかかるお菓子は、メディアが取り上げるといったことでもないと、継続してやっていくのは大変です。やはり、ある程度のプライスアップをしていかなくてはなりません。
- 平岩
- 最近、原材料費をはじめとして光熱費や輸送費、包材費などあらゆる物の値段が上がっていて、大手メーカーもそうですが、個人店のパティスリーも値上げは避けられない状況だと思います。


- 服部
- うちの店でも、ここ2年くらい、お客様に値上げのお知らせをしてきました。もしそれで店から離れてしまったとしても、これだけコストが上がっていると、仕方ないかなと思っています。店の仕入れが億単位だとすると、年間で数千万円程度のコスト増にもなります。
一方で、残業は無くしていかなくてはならない。週休2日も実現しなくてはならない。そうなると、人を雇用してこれだけストレスが多いんだったら、M&Aで店を売却しようと考えたり、仕入れ商品を使ったりしますよね。
うちはこれまで、人手不足で困ったことは無いのですが、これから先はそうなるのではと考えているので、人が減ったら仕入れ商品を導入することも準備しておこうと思っています。
- 平岩
- このご時世に、人手不足で困ったことが無い、と仰るのは驚きです。さすが!・・と思いますが、そんな服部シェフでさえも、いずれ人手が足りなくなったら、一部は既製品を使うという可能性を検討されているのですね。
- 服部
- 製菓学校の学生さんも、日本人は減ってしまいましたね。今の状況だと、若い人も学校や菓子店にも行きたがらないですよね。
- 平岩
- 若者の離職率の高さも業界の課題の1つですが、菓子職人の仕事、菓子店に夢を持てるようにならないと、菓子店に就職して頑張ろうと思えないのでしょうね・・。
「ラ・ベルデュール」では、ここ最近、具体的にどういったことを変えてこられましたか?
- 服部
- 規模によって、小さなお店ならばこじんまりした家族経営で出来るところもあるでしょうし、共通の答えがある訳ではないので、お店ごとに考えなくてはならないですね。
たとえば、機械を入れるということ。クッキーをカットする機械や、4-5年前にはウォーターカッターも入れました。

- 平岩
- ウォーターカッターをお使いなのですね。導入されていかがですか?
- 服部
- やはり作業効率が上がりました。この機械は、最後に入れようと思っていたのですが、うちの合理化ビジョンを描いた時に、急がないとまずいなと思って、導入を早めたんです。特に冬場の繁忙期に、若手スタッフのしんどそうな顔を見るのが辛いなと・・。今はおかげさまで、冬場でも以前より2-3時間早く終わらせられるようになりましたよ。夏場だと朝8時から18時頃には仕事が終わります。
- 平岩
- ウォーターカッターは価格もかなりする機械ですが、それだけの効果が出ているのですね。
お店は、毎週月曜が定休日とのことですが、それ以外は交替制で、週休2日を取れるようにしていらっしゃるのですか?
- 服部
- そうです。他にも、夏休みは1週間取ってもらいます。そのようにしていかないと、これから、働き手の人が来なくなる時代です。
いわゆる「有名シェフ」の店でも、注目されている旬の時はよくても内情は大変だったり、今、勢いのあるシェフの店も、話をしてみると人手のことで悩んでいたり・・。何とかしたいと思っている人も多いですね。
自分達の頃は、自分の店のことしか知らなかったので、後になって他店との差を知ったりしましたが、今の若い人はSNSを通じて友達同士で連絡し合って、「うちの店はこうだ」と情報交換して、自分の希望に合わないとすぐにやめてしまうんですね。
- 平岩
- 本当に、仰るとおりです。

- 服部
- たとえばフルタイムで正社員として勤務するのが難しい女性の方にも、パートとしてパンの製造補助に入っていただいたりと、様々な働き方が出来るようにもしています。
僕は、手をかけることも、かけないことも、両方出来るようにしてきました。それがよかった。
- 平岩
- 若い方々が、手をかける仕事を経験したことがないまま独立していくとなると、職人ならではの技術は失われていくのではないだろうか?と心配になります。
- 服部
- 昔は、冬場はもうクタクタになって働くというのが菓子屋の常識でしたね。うちでは、親御さんにも、夜遅くなることのある仕事だということを初めに説明します。「特殊な世界ですよね」と言われたこともありましたが、職人として技術を覚えるのには必要だと思います。
知り合いのオーナーシェフが、「残って練習するのに残業代はつくんですか?」と言われたそうで、つかないなら嫌だと。
まさにオーナー受難の時代ですね。山本次夫さんの「リストワール・ヤマモト」のようにやりたいという人もいると思います。
- 平岩
- 山本シェフは、「ベルグの4月」を売却されて、その後は、ほぼご夫妻だけで製造販売されているような、こじんまりとしたお店をやっていらっしゃいますね。もちろんそれも体力も必要で大変だと思いますが、人を雇うことにまつわるストレスからは解放されますよね。
商品開発の考え方
- 平岩
- 「ラ・ベルデュール」では、スーシェフの方がお菓子を考えることもあるのですか?
- 服部
- 季節のケーキなどは二番手に任せたりもしていますが、これを売っていきたいという物は、自分が開発します。
- 平岩
- 焼き菓子ギフトも種類が多いですね。この、<おすすめ商品>となっている「横浜クレームカステラ」には、国産小麦粉を使っていると書いてありますね。小麦粉もお菓子によって色々と使い分けていらっしゃるのですか?
- 服部
- 主に使っているのは「バイオレット」と「カメリヤ」なのですが、お菓子に合わせて、4-5種類を使い分けています。食感もしっとり感があるとかサクみがあるとか変わってきますし、旨味も違いますから。たとえば、ギャレットをザクッとした硬めの食感からホロホロにするにはどうしたらいいかとか、それぞれの粉の灰分やたんぱく質の比率なども重視して、色々と見ています。
ただ、材料を色々と使うには、お菓子の回転がよくないと、鮮度のいいうちに使い切れません。缶詰でさえ、出来立てかどうかで味が変わってくるのですから。
- 平岩
- 小麦粉の使い分け、そういった成分の数値なども参考にして、比較研究されるのですね。緻密ですね!

- 服部
- 何でも、突き詰めてやるのが好きなんです。
チョコレートを始める時は、スタッフ達もヨーロッパに連れていって、自分はこういう物をやりたいんだよということがわかるようにしっかりと伝えました。
- 平岩
- 服部シェフの情熱は、きっとスタッフの方々にも伝わったことでしょう・・!
そういえば、パリの「サロン・デュ・ショコラ」でお会いしたこともありましたね。
- 服部
- コロナ禍前にはずっと、皆が成長できるようにと、ヨーロッパ研修に連れていっていました。
技術というのは、自分を高めていくために必要で、目の前のことを突き詰めていく積み重ねが、将来に繋がっていきます。自分も若い頃、目の前のことを一生懸命やっていた訳ですが、そこに結果もついてきました。
今は、ずっと先の成果を求めすぎるように思います。夢を持っているならば、それを実現するために、今を精一杯生きなくてはなりません。
- 平岩
- 目の前のことに一生懸命に取り組んだ結果、コンテストに入賞出来たりするのだと思いますが、今の若い方は、そういう地道な努力をするよりも先に、「有名になりたい」とか「成功したい」といったことを求めてしまうのかも・・。それが最近のコンクール離れや、YouTubeやSNSでフォロワーを増やすことを最重要視する傾向に繋がっているのかもしれません。
- 服部
- うちの店も、この人数でどのようにやっていくか?と、精一杯の挑戦をしているんですよ。
仕事ではあるのですが、作り手が幸せな気持ちでお菓子を作ることが出来る、というのは大切なことだと思います。お菓子屋さんになってよかった、と思えるような業界にしていきたいですね。
- 平岩
- 服部シェフは、同世代のオーナーシェフの方々にだけ肩入れするというのではなく、若いパティシエの声にも耳を傾けていらして、菓子業界で起きていることをフラットな目で見渡していらっしゃるなと思いました。
まだまだ色々な課題があり、人手不足も簡単に解消することではないでしょう。しかし、菓子職人としての技術力を高めることと、幸せを感じながら仕事をするということを両立させられたらいいですね。今日はどうもありがとうございました。

服部明シェフ プロフィール
1959年、東京都生まれ。
銀座の名店「エルドール」で修業を始め、その後、技術指導等を経て1995年に自店を開業。2007年、隣地にブーランジュリー「ル・ジャルダン・デュ・ヴェール」をオープン。2016年より、パリで開催されるチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」で授賞式が行われる「C.C.C.(Club des Croqueurs de Chocolat)」の品評会にボンボンショコラを出品し、最高位のゴールドタブレットを3年連続受賞。2019年、同団体が認定する「ショコラティエ ベスト オブ ベスト」アワードを受賞。2020年、横浜駅隣接の商業施設内にショコラトリー「BLUE CACAO」をオープン。2022年より社団法人神奈川県洋菓子協会会長を務める。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2022年09月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。