菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、東京都板橋区「パティスリー・ラ・ノブティック」の日髙宣博シェフをお訪ねしました。「キャンティ」「マルメゾン」といった名店で修業し、2010年10月に自店を独立開業。「低糖質スイーツ」のレシピ本発刊など、独自の業績も評価され、2020年には「現代の名工」を、2023年には「黄綬褒章」を受賞されました。現在は、ビストロに加え、コーヒー焙煎機を備えた3店舗目も営業。新たな挑戦への原動力、次世代に伝えたいことなどをお話しいただきました。
- 平岩
- 日髙シェフ、こんにちは。今日は、パティスリー店舗で撮影させていただくと共に、ここから徒歩1分ほどの場所にある「ビストロ・ラ・ノブティック・β(ビー)」でお話を伺います。ランチ前のお忙しい時間にすみません。
- 日髙
- こんにちは。ビストロは、10周年を迎えたのを機に少しリニューアルして、6月20日から、ランチとディナータイムの間の14-17時をティータイム営業とすることにしました。デザートの種類も増やしていこうと思っています。
- 平岩
- それは新たな楽しみが増えますね!
同じく東武東上線の下赤塚駅最寄りに開業されていた3店舗目も、いよいよコーヒーの焙煎を本格的に始めると伺いました。ここ数年、ベテラン世代のシェフの方々は、どちらかというと、事業規模を縮小されていく傾向が強いように思いますが、今もなお、新たな挑戦を続けられているというのは凄いですね。


- 日髙
- 自家焙煎のコーヒー専門店が閉店なさると伺い、前のオーナーさんから焙煎機もそのまま譲り受けて、2018年4月から、コーヒーとケーキを出すお店としてやっていくつもりでしたが、その後、コロナ禍になってしまって、イートインは休止。本格的な稼働がだいぶ遅れてしまいました。石川県の珠洲市の海岸沿いで焙煎小屋をやっている「二三味珈琲(にざみこーひー)」で7-8年働いていた焙煎士の方が来てくれることになっていて、今年の夏には、自家焙煎を始める予定です。
- 平岩
- 「二三味珈琲」のオーナーの二三味葉子さんは、「マルメゾン」の時の後輩でいらっしゃるのですよね。2015年2月に永作博美さん主演で公開された映画『さいはてにて』のモデルにもなったお店です。能登地震の被害を心配していましたが、ご無事でいらしたと伺い、ひとまずほっとしました。これまで、ビストロでもそちらのコーヒーを出していらっしゃいましたが、いよいよ自家焙煎をスタートされるのですね。
最近、ベテランのシェフの方々が、東京から地方へとお店を移転されたり、営業態勢を変更されたり、何か新しいことを始められる傾向があるように感じています。「マルメゾン」の後輩でいらっしゃる長島正樹シェフも、この6月に、お店を「ラルチザン・モデルヌ」とリブランドして、学芸大学駅最寄りから目黒通り沿いに移転オープンされましたね。
- 日髙
- 東京は家賃も高いしね。人手不足といった問題もあって、皆さん、都内でやっていくのに少し疲れて、地方でゆっくりやりたいと思うようになっているということもあるのかもしれないですね。
- 平岩
- 日髙シェフも、昔から、「いつか故郷の宮崎に帰って、自分の作りたいものだけを作る“頑固爺ぃ”になりたいという野望がある」と仰っていましたが、今もそう思われますか?
- 日髙
- そうだね(笑)。
最近は都内でも、人を雇わずに1-2人で製造するようなお店が増えてきたよね。「働き方改革」も正しいことだと思いますが、多品種を少量販売するお店を運営することが難しくなったなと思います。少人数でやるか、人手の代わりに機械を使うかといった二極化になっているような気がします。
- 平岩
- 個人店が、パイ生地やタルト生地などの半製品を仕入れて使うケースも増えてきました。
- 日髙
- 昔のような働き方、教え方では耐えられない、という人が増えて、お菓子づくりに関するオールラウンドプレーヤーは減っていくのでしょうね。 でも、人数が減っていくということは、本物の技術を持っている人の価値が上がるということでもあります。
- 平岩
- 先程、お店のショーケースに、「有料メッセージプレート」として、バラなどお花のマジパン細工をのせて、好きなメッセージを入れていただけるプレート見本が並んでいるのを拝見しましたが、あのように、職人の技術にちゃんと付加価値をつけて伝えるというのも、大切なことですね。
- 日髙
- 今、都心のデパートに入っているお店のケーキって、1個800-900円くらいするよね。それと比べると、うちなんかはまだだいぶ安いです。自分達の世代は、シュークリームが1個180~200円といった時代だったので、お客様が気軽に買えるような値段で収めたい。大きさも1個で満足できるくらいに、という気持ちがあります。自分で買う側になった時のことを考えて、物はそのままで値上げするというのではなく、形を変えて値段を調整したりね。
でもうちの店は、実はシュークリームは販売していないんですよ。
- 平岩
- 言われてみると確かに・・。何故ですか?


- 日髙
- 最初の3年くらいはやっていたんですが、見ていると、シュークリームを買う方は意外と他の商品に手を出してくださらない方が多いなと思って。シュークリームって、意外と手間ひまがかかるし、安定させるのが難しいお菓子なんですが、安い品みたいに思われてしまう。シュー生地のお菓子は、何か別の形で出そうかとは思っていますが。
やはり、ギフト菓子系を中心に販売していきたい。やはり生菓子中心だと、うちの場合、お店の運営が難しいです。
- 平岩
- シュークリームやプリンは王道の人気ですが、コンビニでも買えるというイメージもありますし、専門店は、そこと差別化していかなくてはならない時代かもしれませんね。
- 日髙
- 自分は、パイ生地を仕入れて使うということはしたくない。タルトケースは、ビストロのプティフール用にだけ半製品を使ってはいますが、うちの店出身のスタッフが、そういった生地を仕込むことができないというのは、恥ずかしいことだと思いますので。
- 平岩
- 既製品を一部使っているお店のシェフの方々も、同じように仰いますね。労働時間を短縮するために、あるお菓子には使っているけれど、別のお菓子の生地は自家製で、スタッフがその生地を仕込んだことがないというふうにはしたくないと。
そういえば、夏向けのパックゼリーも販売されていましたね。最近は、ゼリーとかジャムとかは外注しているというお店も増え始めています。
- 日髙
- 去年は人手が足りず作れなかったんですが、今年の夏は作り始めました。今は幸い、この店で働きたいという方が来てくれています。
スタッフの中に、管理栄養士の方が3人もいるんですよ。メーカーで長年働いていた方や、子育てが終わってどうしても菓子店で働きたいという夢を叶えたくていらした方や、親の反対を押し切ってやりたかった製菓の仕事に就くことにした方とか、社会人経験のある方が、目的意識を持って働きに来てくれていますね。
自分も、社会人になったのは40年くらい前のことで、当時は「新人類」とか言われたものですが、スマホが普及してからの世代というのは、情報量が多すぎて、その一方で、見たいことしか見ていないのだろうなと思うこともあります。
今は、テレビを持っていないという若い人達が多いんですね。世の中のことを知ってもらうという意味もあり、うちは職場でラジオを流しています。

スタッフに何をどのように伝えていくか
- 平岩
- 日髙シェフが、菓子職人として、スタッフの方に一番伝えていきたいのはどのようなことですか?
- 日髙
- 「これ以上妥協すると、やっている意味が無くなるのでは・・」というせめぎ合いの中でも、「基本的な生地の仕込み方はしっかり伝えていかなくては」という思いを持っています。
「些細なことにも気が付ける感性」と、「昨日よりも今日、少しでもいいものを作ろう」という気持ちが大事ですね。
いつの間にか忘れてしまい、仕事が単なる作業になりがちなのですが、それが、一流になれるかどうかの分かれ目だと思います。
お世話になった「マルメゾン」の大山栄蔵シェフの教えは、「人の真似をするな」ということで、地域一番店を目指せというものでした。大山さんは、言葉でそのように仰る訳ではないのですが、行動を見ているとそれが伝わってくるんです。
- 平岩
- 「マルメゾン」は、2021年3月に惜しまれつつ閉店されましたが、大山シェフの教えを受けて、現在活躍されているパティシエの方々が大勢いらっしゃいますね。


- 日髙
- 自分達の修業時代は、大山さんから「そんなの駄目だよ」としか言われないんだけど、何が駄目なのか、自分で考えないといけなかった。でも今は、スタッフに対して、手取り足取り教えないといけなくなったよね。何故、失敗したのかを理解しなくてはならないのに、考えなくても生きていけるようになってしまった。
昔は、調べものをするのにも、それが書いてある文献を探さなくてはいけなくて、それが入っている本棚を探さないといけなくて、考えるプロセスがありましたが、今はとても少なくなっている。
文明が進化していくと、実際にお店を見たことがなくても、分かった気になってしまう。人間力が低下していきますよね。
- 平岩
- 大山シェフは、厳しく叱ったり怒鳴ったりといったことはなかったと伺いましたが、弟子の方々に、自ら考えさせる方なのですね。
ところで、日髙シェフのSNSを拝見していると、いつも、他のお菓子屋さん巡りを積極的になさって、買ってきたお菓子をお店の皆さんで召し上がっていますよね。それも、年下の若いシェフ達のお店も訪ねていらっしゃる。あれは凄いなと思います。東京都洋菓子協会が開催されている定期講習会でも、よくお会いしますよね。若手シェフの方々も、大先輩である日髙シェフが注目してくださるんだ!と、身が引き締まるだろうなと思います。
- 日髙
- 自分と世代が違ってまだ講習を受けたことのないシェフが講師をされていると、受講したいと思います。行けば必ず、何らかの勉強になりますしね。
スタッフ達にも、お店に行ったら経費としてお金を使ってお菓子を買ってきていいよ、と言っています。若い方々のお店からも、色々と勉強になることがありますよね。
最近は、面接に来る時に、初めてお店に来た、という人もいるんですよ。自分はかつて、どこに就職しようか決めるために、色々な店を廻って、麻布のレストラン「キャンティ」でバジリコのスパゲッティとチーズケーキの「フィアドーネ」に感動して、ここで働きたい!と決めたものですが・・。
- 平岩
- 常に学ぶご姿勢でいらして、日々、フットワークも軽く実践されていることを、見習いたいと思っています。
今は、インターネット上に情報が溢れていますから、見ただけで何となくわかった気分になってしまいがちですよね。お菓子も通販で買うことはできますが、実際に行ってお店の方と話して、初めてわかることが沢山ありますよね。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2024年05月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。