菓子職人の方々へのインタビュー連載。今回は、2020年6月に豊洲の商業施設に支店をオープンされた「エクラデジュール」中山洋平シェフにお話をお伺いするため、新店舗に伺いました。2014年に東陽町にお店をオープンされてから、また新たな一歩を踏み出され、この1年を振り返っての思いはいかなるものか?若いパティシエ達に伝えたいことや、今後の目標などをお伺いしました。
商業施設への出店によるメリットと留意点とは?
- 平岩
- こんにちは。こちらの店舗が開業した時にも取材にお伺いしましたが、お久しぶりですね。お店のオープン時刻の11時に合わせて待っていらしたお客様が、続々と店内に入っていらっしゃいました。
今日はよろしくお願いいたします。このインタビューでは、ベテランの方にも若手の方にも、それぞれお話をお伺いしていて、中山シェフは若手世代ですね。これまでの最年少は、「パティスリー メゾンドゥース」の伊藤文明シェフでした。
- 中山
- こんにちは、今日はよろしくお願いいたします!伊藤さんは僕と同じ1979年生まれで、同年代ですよ。「文(ブン)ちゃん」、なんて呼んでいますけれど、尊敬するシェフの1人です!あと、足立区の「パティスリー ラヴィアンレーヴ」の北西大輔シェフも同い年。それから、近い年代で言えば、フランスで一緒だった浅見欣則シェフには、ショコラトリーでの働き口を紹介してもらっていて、パリにいた頃にアルザスを訪ねたら、向こうでお会い出来たり。「パティシエ・シマ」の島田徹シェフや、「アンヴデット」の森シェフも、パリにいたのが一緒の時期でした。
- 平岩
- 1970年代生まれのシェフ達が、今、第一線でご活躍されていますね。中山シェフも、2014年9月に東陽町で独立オープンされてから、約6年を経た2020年6月に、こちらの2店舗目の開業となられました。


- 中山
- 本当は、2020年4月に、「ららぽーと豊洲」の拡大オープンに合わせての開業予定でしたが、コロナ禍の影響で延期になりましたね。東陽町の店をやりながら、やはり地元に根差して、地道にやっていかなくてはならないという思いが強かったのですが、商業施設と言っても「ららぽーと豊洲」は地元感があり、入っている店もドラッグストアや高級スーパーなども備え、「街づくり」をしようという感じなんです。それに、ほぼ路面店のような、とても条件のよい区画への出店のお話でしたのでやらせていただくことにしました。
- 平岩
- 施設内の1店舗という感じではなく、建物が独立しているので外からもよく見えますし、路面店のようですよね。
通常、商業施設に出店すると、定休日無しで営業しなくてはならなくなる、という話をよく聞きますが、こちらは週1日の定休日も設けていらっしゃいますね。1年間やっていらして、お客様の様子はいかがでしょうか?本店との違いは感じられますか?
- 中山
- やはり土日のお客様が多いです。また、お天気によるというのがありますね。普通、雨だと商業施設は人の入りが多かったりするのですが、ここは外に面しているので。また、お客様の人数は多いものの、客単価は東陽町よりも低く1200-1500円くらいです。本店は2000円くらいなんですよ。詰め合わせギフトの出数が違いますね。
- 平岩
- 本店は江東区役所のすぐ裏手にあり、ビジネスでご利用のお客様も多そうな立地ですね。それに、お店を続けていらしたことで、信用を積み重ねていらっしゃるということなのでしょうね。

- 中山
- 2021年の9月26日で、丸7年を迎えました。ありがたいことに、年々売り上げが2-3%ずつゆるやかに上がってきています。ただ、コロナ禍に見舞われていた2020年の4-5月は異常なくらいの盛況になって、売り上げも毎日50万円以上、店の前に行列が出来て大変なことになっていました。
- 平岩
- 町の個人オーナー菓子店の多くのシェフ達が、まさにその頃、特に母の日をピークにお客様が多すぎて大変だった、と仰っていました。
- 中山
- うちの店の前は、ぎりぎりで車が2台通れるかという一方通行の通りなので、路上駐車をしないでいただけるよう、お客様にご理解いただいて徹底するよう努めましたが、それでもクレームになったりしましたね・・。
- 平岩
- 都内のお店は地方のお店と違い、広い専用駐車場が無いケースも多いので、その問題で悩まれていたお店は他にもありました。豊洲店については、施設の駐車場もありますし安心ですね。
- 中山
- はい。ただ、車でいらっしゃるお客様よりも、歩いていらっしゃる地元のお客様が多いですね。「ららぽーと」を運営する三井不動産さんからは、豊洲の街に根付くような店づくりをしてほしいと仰っていただきました。
店を出した当初の自分の5年計画では、「支店は出したくない。やりたいことが出来なくなるし、クオリティが下がるのでは・・」と懸念していました。けれども、売り上げが上がってくるにつれて、支店を出すことで色々と出来ることがあるのではないかと考えるようになりました。従業員の給料を上げたい、という思いもありましたし。
- 平岩
- ここに出店することで、たとえば、どのようなことが出来るようになる、と思われたのでしょうか?また逆に、難しいこと、乗り越えるべき課題は何でしたか?中山シェフは、基本的には本店にいらっしゃるのですよね?
- 中山
- はい。自分は普段は本店にいますので、この店をやるには、信頼できる人間に販売を任せる必要があります。販売スタッフというのは作り手でない分、お客様に自分達の気持ちをどうやって伝えるかという難しさがあります。リアルタイム感が伝わりづらい、という難しさはありますね。販売は3人が社員で、あとはパートで勤務していただいています。幸い店長は、うちの妻の元フランスでの同僚で、パティシエだった人間なのですが。
- 平岩
- それは心強いですね!ラインアップは、本店よりは少し絞っていらっしゃる感じでしょうか?でも、カテゴリーは幅広いですよね。生菓子、焼き菓子、パンもヴィエノワズリーからバゲットまであり、マカロンにボンボンショコラにタブレットショコラと。ボンボンショコラも通年やっていらっしゃるのですね。

- 中山
- ショコラは正直まだまだなんですが・・。支店を出すことによるメリットの1つは、商品のラインナップを増やして、色々な品を置けるということです。コンフィズリーなどと共に、ショコラも、より本格的にやりたいですね。この店舗にはカウンター席も設けたので、いつかアシェットデセール(皿盛りデザート)などもやれたらと思っています。
2つ店舗があることによって、包材や材料の回転率を上げて、よりフレッシュな状態で回すことができるんです。原価率も自然と下がりました。以前は、包材も含めて原価率45%くらいあったものが、40%くらいになりましたよ。
- 平岩
- アシェットデセール、いただけるようになったら嬉しいですね!
本店からこちらにお菓子を運ぶのは、朝以外に、途中追加もされていますか?
- 中山
- 朝1便、追加で1便が基本で、14-15時くらいに在庫の状況を見て決めます。うちはパティシエが自社便で運ぶやり方で、たまに自分も行きます。一方、やはり商業施設内に支店を出されている「メゾンジブレー」の江森宏之シェフや、「アンヴデット」の森大佑シェフは、菓子の配送は専門業者に委託されています。他社に委託した場合、事故の時の補償などもあるのですが、自分は、物を運ぶというのも勉強だと思うんです。
- 平岩
- それぞれメリットがあり、どちらがいいというものではありませんが、中山シェフはじめ、パティシエの方がご自身の作られたお菓子を丁寧に運ぶことや、運搬しても破損しない形状や仕上げを考えることも大切ですし、販売スタッフの方とコミュニケーションを取れるのはいいですね。

若いパティシエ達に伝えたいこと
- 平岩
- お店には、二番手のスーシェフという立場の方はいらっしゃるのですか?
- 中山
- います。オープンの時からずっといてくれる鈴木千尋(すずきちひろ)という女性がスーシェフです。
- 平岩
- どのお店でも、長く務めたスタッフの方が、いずれ次のステップに進むために退職するという時期がきますよね。これは、どんなベテランのパティシエの方のお店でも同じで、菓子店では常に新しい人を育てていかなくてはならない、という難しさがありますね。
- 中山
- そうですね。彼女は今のところ、独立予定は無いと言っていますが・・。これから、独立して店を開業するというのは、なかなか大変な時代だと思います。
- 平岩
- なるほど。確かに、最近の若いパティシエの方は、昔に比べて、独立志向が低くなったというお話も耳にします。
店の中に、別ブランドを起ち上げるようにして、それをスタッフの方に任せる、というようなやり方を取るケースも出てきています。オーナーシェフ側も、慣れたスタッフの方が長く勤めてくれるのはありがたいですし、独立開業のリスクや経済的な負担が心配だというスタッフの方も、お互いにメリットが確保できると言えますね。
今、製造スタッフの方は、何人いらっしゃるのですか?
- 中山
- 自分を入れて製造が12人。男女比が5:7です。うちはヴィエノワズリーやハード系のパンもやっていますが、パンは当番制で、皆が作れるようにしています。パン屋さんって、ミキサーも「何速で何回転」とか、ポイントを点で見つけるんですよ。パンは、その日の状態が如実に出るので、勉強になります。



- 平岩
- 中山シェフは、ご実家が地元で人気のパン屋さんですから、人一倍、それがよくおわかりなのでしょうね。フランスのブーランジュリーでも修業されていて、「エクラデジュール」は、お菓子だけでなくパンもお勧めで、ラインアップ豊富というイメージが強いです。
パンに使う小麦粉と、お菓子に使うものとは使い分けていらっしゃいますか?
- 中山
- パン系には、灰分が多めのものを使いますね。小麦粉のサンプルをもらうと、どれだけ吸水するかとまずは試しますよ。
- 平岩
- 焼き菓子では、この平たい丸い形の「エクラマドレーヌ」が看板商品ですね。フランスで一般的なシェル形ではなく、あえてこの形にされたのですね。

- 中山
- 子どもの頃から、実家のパン屋で、アルミ型で焼くこの形のマドレーヌを作っていましたので。配合としてはパンドジェンヌ寄りなんですが。食べやすくしっとり感があり、日持ちもするものを目指しました。アーモンドと溶かしバター入りでベーキングパウダーで浮かせます。
おかげさまで、この品は店の売り上げ全体の7-8%は占めています。やはり、焼き菓子が愛されるというのが理想ですね。
- 平岩
- こちらのブルーベリーのタルト、「タルトレットミルティーユ」も、一見、決して派手ではないシンプルな構成ですが、他にはない、思いの込められたスペシャリテのお菓子ですよね。
- 中山
- これは、オート・サヴォワの「パトリック・シュヴァロ」で初めて食べた時に、実はそれまでタルトがあまり好きではなかったのですが、衝撃を受けたお菓子でした。「もっと深く考えて菓子作りをしないといけない」と気づかされましたね。冷凍ブルーベリーをそのまま、杏ジャムを絡めて上にのせています。

- 平岩
- ドライブルーベリーをクレームダマンドの中に焼き込むといった使い方はよく見ますが、そういう使い方は珍しいように思います。かなりみずみずしいですよね。
新作のお菓子は、全て中山シェフが考案されるのですか?
- 中山
- はい。作りたい時に作るという感じです。今、ムラングシャンティを研究していて、杏仁臭のあるようなものを作りたいと試作しています。
- 平岩
- 今、お菓子業界でも「働き方改革」が求められています。仕事の効率化を進めるうえで、生菓子よりも利益率の高い焼き菓子を看板商品として育てることも重要ですね。ですが一方で、現在のような状況だと「いずれ職人が育たなくなる」という懸念の声もよく耳にします。その点についてはどのようにお考えですか?「エクラデジュール」では、お店の定休日をどのように設定されていますか?
- 中山
- うちは今、本店は火曜水曜が定休日で、豊洲の方は火曜が定休日です。水曜は、店舗営業は休みですが、工場の製造はやっているという形です。今の時代の働き方と、職人としての生き方とのバランスは、難しい問題ですね。
全てのことは情熱がベースであって、自分がやりたいからやる、というのが大事だと思います。でも、そうではない若い子達もいます。自分としては、時間をかけてもやっていきたいという子達が増えてほしいという思いはありますが。
会社としては、二本立てで考えて、どちらも認めたいですね。自分達の時代のように、「職人はこうあるべきだ」と押し付けてはいけない。逆に、僕らの知らない、職人としての生き方をして、プロデュース力を発揮している若い子を見て、すごいなと思うこともあります。そういう部分は採り入れていかなくてはと思いますし、認めざるを得ないですね。一抹の寂しさを感じる時もあるのですが・・。これからの時代、人間力を磨くことが大切だと思います。

- 平岩
- 確かに、InstagramやTwitterなどを見ていても、自己プロデュース力に長けて、発信力もある若いパティシエの方が増えてきていますね。中山シェフご自身は、まさに職人気質でいらっしゃいますが、それとは違う、今の時代のパティシエ達による新たな価値観をお受け入れようともされているのですね。
- 中山
- お菓子屋さんだけでなく、パン屋さんには、職人としての姿勢を学ぶべきだと思うところは大きいです。
ビーントゥーバーチョコレート専門店「Minimal」代表の山下貴嗣さんも、職人気質でいらっしゃるので、唯一無二のものを生み出している。あのブランドで目指しているのは、「ほどほどに広く深く」だと思うんです。一般に受け入れられる広さもありつつ、深い追究もしているという。科学的に分析研究している部分もあるけれど、気持ちで進めている部分もある。両方を深めていくことで、美味しいものを追求していきたいですね。
同世代の料理人や、パン職人、それにモノづくりをされている方の存在は刺激になります。たとえば、豊洲市場の魚屋さんなども。フグ屋さんとかにも凄い人がいて、そういう仲間達から色々な話を聞いくことが出来て、接していて楽しいです。
- 平岩
- 山下さんとも繋がるとは意外でした!なるほど、豊洲においては、そんな人間関係の新たな出会いもあったのですね。
ところで、最近、SNS上での発信に力を入れるお店やブランドも増えていますが、エクラデジュールのInstagramやFacebookは、どなたが更新していらっしゃるのですか?
- 中山
- 自分がやっています。ただ、これまでは、写真も自分のスマホで撮っていたんですが、柴田書店さんの雑誌『cafe-sweets』の方にカメラマンさんをご紹介いただいて、撮影はお願いできることになりました。
- 平岩
- 写真の撮り方一つでお菓子の印象が変わりますから、大事ですよね。「アカシエ」の興野燈シェフなどは、プロのカメラマンさんに商品写真を撮っていただく機会があると、質問しまくって撮り方のコツを教えてもらいます!と仰っていました(笑)。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2021年09月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。