働き方や販売宣伝戦略の変化
- 赤塚
- 自分が「東京製菓学校」の就職セミナーでお話させていただくようになり、昔は、女子学生から、体力的に大丈夫だろうか?とか、結婚して子供が生まれても続けられるだろうか?といった質問を受けることが多かったです。ただ、これらは、正解があることでもないのですが・・。
「叱られてメソメソ泣くのはやめるように」とも言っていましたが、今時は女性の方がたくましくて、男の子の方が叱られて泣いてしまうなんてこともあるとか・・?!
- 平岩
- 「うちの店は女性の方がしっかりしている」と仰るオーナーシェフも、よくいらっしゃいますね。
男性は、大器晩成型の方が多いのかもしれません。ただ、昔は、がむしゃらに食らいついているうちに、ある時、何かのきっかけで開眼するみたいなこともあったのではないかと思いますが、今はそこまでたどり着く前に、くじけて辞めてしまうケースも多くなっている気もします。
- 赤塚
- この仕事は、本当に、好きだからこそ続けていけるというものだと思います。
「ムートン・ルージュ」は、夏休みは長めに取って、フランス旅行と、それぞれの地元に帰るのと、1年ごとに交互に出来るようにしていましたが、冬は元日だけしか休みがありませんでした。
休みを取りたいという気持ちよりも、お客様が求めてくださっているのに応えないと!という気持ちが強かった。実際、店を休んでいると怒られたりもしましたしね。


- 平岩
- 休んでいるとお客様から怒られるとはすごい、というか、辛いですね・・。
- 赤塚
- 休みのお知らせをするにしても、かなり早めに店頭で告知して、さらに紙に印刷して配るなどしなくてはいけませんでしたが、今ならInstagramですぐに知らせることができる。お客様も、それをチェックしていらしてくださる方が増えましたよね。
- 平岩
- 毎月、「今月の営業予定」の投稿をされているお店は多いですよね。急な臨時休業や営業時間の変更がある時にも「ストーリーズ」機能を使うなどして、リアルタイムでお店からの情報発信がしやすくなり、そして伝わりやすくなりました。
店側にとってもお客様側にとっても、電話での問い合わせやその対応という手間と時間を省くことができるし、お互いメリットが大きいですね。
- 赤塚
- 「オープン●周年で割引セール」とかも、昔ほどやらなくなりましたよね。今はすごくクール。
以前はシェフの方々がフェアをされているのを見て自分も、あんなふうにやらなくちゃ!という思いが強かったです。
- 平岩
- 割引セールは、集客の一つの手段にはなりますが、値下げ目的のお客様が増えて、本当にその後も店のファンであり続けてくださるかどうか?という課題がありますね。特に、最近のコロナ禍では、お客様が大勢押し寄せて混乱するような事態を避けて、安心してゆったりとお菓子を選べるような店にしようというところが増えたと思います。
- 赤塚
- 「ムートン・ルージュ」のオープン時、ショートケーキ1個が280円でしたが、先輩のシェフの方々から、材料費やかかる手間に対して、この価格設定だと値付けが低すぎるというアドバイスもいただき、少しずつ価格を見直してきました。
- 平岩
- 値付けは難しいですね。最近は、材料原価や光熱費など諸々上がっているため、お菓子の価格も値上げするお店が増えていますが、どこまで上げていいのか?お客様が離れないか?と悩んでいる経営者の方も多いのではないかと思います。
- 赤塚
- 原材料も光熱費も包材費も送料も全ての値段が上がっているので、今は、躊躇せずに使いたい材料を使うようにしています。憧れだったけれどこれまで使えなかったフランス産のバターとか。お客様にも、それをきちんと伝えることで理解していただき、ギフトも含めて専門店ならではの差別化を行うことで、価値を感じていただけるようにしたいです。
「ヴィエノワ」というクッキーを単品で詰め合わせた缶も人気ですが、これは発酵バターやバニラビーンズの香りを楽しんでいただいています。
コンビニのスイーツだって、今、値上がりしてきていますものね。工夫がすごくて、冷凍解凍を経ているので出来立ての味や食感とは違うのですが、ざらめを入れて食感に変化を出していたり。想像以上に美味しくてびっくりすることもあります。

- 平岩
- 最近は、バニラビーンズは高価なので、ペーストなど加工品を使うお店も増えていますが、クッキーにサヤのバニラビーンズを使っているとは、かなりリッチな配合ですね。紺色の缶も高級感があって、ギフトにぴったりです。
こだわって選んで使っている素材は他にもありますか?焼き菓子にとって重要な小麦粉はいかがでしょうか?
- 赤塚
- 「エクリチュール」は、以前から気に入っていて、クッキー缶に使いたかったんですよね。試作用にと色々サンプルをいただいて比べてみましたが、ほろほろとした崩壊感とサクサク感が出るんですよ。パウンドケーキなんかに使うのもいいですよ。強力粉と薄力粉を半々にして使う必要がなくなりました。
- 平岩
- 最近は、この「ル・マルディ」のように、焼き菓子を主体とする専門店業態の菓子店というのも増えました。
新たに出すお店は、こういう雰囲気にしよう、というイメージがあったのですか?
温かみがありつつ、モダンでスタイリッシュでもあり、素敵なお店ですよね。
- 赤塚
- 「古くて新しい」というコンセプトが好きなんです。「ムートン・ルージュ」の時は木目調のより親しみやすい内装にしましたが、またちょっと違う雰囲気ですね。実は妹がデザイナーの仕事をしていて、前の店も今の店も、内装やパッケージのデザインは妹が担当しています。恵比寿「LESS」さんや代官山「アツシハタエ」さんなども手掛けているんですよ。
この「ル・マルディ」は、「ムートン・ルージュ」をやっていた頃から、「世田谷パン祭り」に姉妹のブランドとして出店していた名前でした。
妹とは好きなものが似ているんです。このユニフォームのラベンダーカラーもそうですし、売場の床のタイルも受注生産品をオーダーしたものです。赤いネオン電飾の店名は「ムートン・ルージュ」の時にもつけたかったのですが当時は見送って、今回やっと実現させました!
- 平岩
- 製造は赤塚シェフお1人ですが、そういった形で、妹さんと一緒にお店をやっていらっしゃるのですね。それは心強いですね!
たまプラーザ「ベルグの4月」のオーナーシェフを経て、現在はご夫妻主体の小さなパティスリー「リストワール ヤマモト」をやっていらっしゃる山本次夫シェフもそうですが、ある程度のご年齢になったら、あとは菓子職人の第二の人生といった感じで、ご自身の手だけで作りたいものを作っていきたい、という方は多いかもしれません。
- 赤塚
- 今の店は、生菓子も少しだけやっていますが、無くなってしまっても、お客様に「すみません」、とお詫びしてご了承いただいています。昔は、とにかく品を切らすなという切迫感がありましたが。お客様もそれで納得してくださるようになり、世の中全体が変わってきた感じがします。

「焼き菓子」をどのように展開していくか
- 平岩
- これから、どのようなお菓子を提案していきたい、どんなお店にしていきたいと思われていますか?
- 赤塚
- 焼き菓子でどう季節感を出すか?といったことを考えています。この夏の新作として、パインの餡を使った「パインのモンブラン」というのを出しました。世田谷区用賀の「望月製餡所」さんというところで餡を炊いていただき、それを使っています。杏のコンポートとずんだ餡を焼き込んだパウンドケーキなども、夏に登場します。
この製餡所さんとは、レピドールの寒川シェフにお誘いいただいたバーベキュー会でお会いして繋がったんですよ。

- 平岩
- 白餡をベースにしたパイン餡というのは、和菓子の世界でもあまり見ない、珍しいものですね。
自家製で餡まで炊いていたら大変ですから、既製品を仕入れて使うというのは、大半のお店でそうなさると思いますが、その中でも、知り合いの製餡所や和菓子店さんにお願いした餡を使っているというのが魅力的です!
- 赤塚
- クッキー缶も、春・夏・秋・冬にクリスマスと、年5種の期間限定の詰め合わせを作っています。そうすることで、季節ごとに繰り返し購入していただけますから。マドレーヌも、旬の時期には苺入りを出したりしています。
「ムートン・ルージュ」の頃は、幅広い品揃えで、お子さんも買いにこられるような店にしようと考えていましたが、
「ル・マルディ」は、あまり子供が来ない店です。でも、それでいいと思っています。
クリスマスやバースデーのデコレーションケーキもそれほど宣伝していませんし、苺をのせた生クリームのショートケーキやシュークリームなどはやっていません。プリンは、本当はやりたいと思いつつ、品数が増えすぎるため我慢しているんですが・・。
- 平岩
- これからの菓子店は、どこもかしこもが品揃え豊富で全方位的なパティスリーである必要はなく、得意なジャンルやオーナーが作りたいこだわりの品に注力した、個性のある店も増えていくのではないかと思います。
- 赤塚
- でも、真夏はやはり焼き菓子の売れ行きが落ちますので、カップ入りのババなど、お酒の効いた大人向けの夏らしいお菓子を出していきたいですね。ブラッドオレンジなんかを使ってやってみたいです。
バターサンドも、あえて見本なども出さず、お皿のうえに商品説明と価格のプレートを載せて、「お声がけください」という一言を添えているだけ。冷凍のまま販売していますが、夏場はそれがよいのか、割とよく出ます。今後、通販を始めてからも販売していきたいお菓子ですね。

- 平岩
- 夏場は猛暑が続く中、夏も食べたくなるお菓子を考えるのは大事ですね。 赤塚シェフは、10年後、さらにその先も、この鷺沼の地でお菓子作りを続けていかれるのでしょうね。
- 赤塚
- 鷺沼も、これから駅ビル建設の話が進むそうで、町は変化していくと思います。その中でも、今後もずっと健康を維持してやっていきたいと思いますね。
70代になられても現役最前線で働いていらっしゃる職人の方々を見ると、藤生シェフもエアロビクスをなさったり、「オーボンヴュータン」の河田勝彦シェフもテニスをなさっているとお聞きしますが、お若い頃から体を鍛えていらっしゃったと思います。
寒川シェフも、今でも毎日10km走っていらして、パリマラソンにも出場して完走されているんですよ。やっぱり、健康に留意して、考えていらっしゃる方が、いつまでもお元気で活躍されていますよね。食事もおろそかにしてはいけない。
- 平岩
- その世代の皆様方は、本当にパワフルでいらっしゃいますよね・・!
今の30代、20代の菓子職人の方々が70代になる頃には、どんな生き方をなさっているのだろう?と気になります。
- 赤塚
- 千葉県松戸市の「パティスリー サルビア」の荒木俊浩シェフが、寒川シェフのもとで働いていた方なのですが、お母様は70歳までご自身でお店を経営しておられ、その後、次男ご夫妻にお店を任せた現在も、作業等を手伝っていらっしゃるそうです。
女性の働き方も変化してきました。元パティシエで一度仕事を辞めた女性達が、また現場に戻ったり。岐阜の「ル・スリジェダムール」さんなどもそうですが、やる気のある女性を、パート勤務から製造スタッフの正社員として採用しているお店もあります。
職人の働き方自体も変わり、最近は、早いうちにM&Aで経営を企業に任せて、技術顧問として勤めるといった方もいらっしゃいますよね。
- 平岩
- 以前、「スイーツワンダーランド アラキ」の荒木浩一郎シェフにこの連載のインタビューでお話を伺った際、ご実家の菓子店は弟さんが「パティスリー サルビア」として継いでいらっしゃると伺いました。お母様もそんなすごい方でいらしたのですね!
- 赤塚
- 私自身は、元気な限りお菓子を焼いていたいですし、製造だけではなく、接客の仕事をしたいという思いもあります。接客も好きなのだと思いますし、他のお店で働いていらっしゃるご年配の店員さんを拝見して、元気をいただいたこともありましたね。
- 平岩
- 何よりもお菓子一筋!ですが、お幾つになっても新しいことにチャレンジしたいというのは、好奇心旺盛で、やりたいことを選んで突き進んでいらした赤塚シェフらしいお考えかもしれません。
この先、ご自分1人で製造されるなど、小規模なお店を始められるオーナーシェフの方も、さらに増えていくと思います。
異なる2つの業態のお店を経営されてきた赤塚シェフならではの、貴重なお話をどうもありがとうございました。

赤塚ユミシェフ プロフィール
埼玉県生まれ。
東京製菓専門学校を卒業後、26歳で渡仏。ニース近郊のMOF店「ル・パレ・デュ・シュクル」などで2年間修業し帰国。銀座「アンジェリーナ」など、都内や横浜でシェフを経て、2000年に「パティスリー・ドゥ・ムートン・ルージュ」をオープン。次第に鷺沼の町に根付くと共に、当時はまだ少なかったオーナーパティシエールとして注目される。2014年に惜しまれつつ閉店するも、お菓子教室等を経て、2020年11月、ビスキュイトリー「ル・マルディ」をオープン。

※店舗情報及び商品価格は取材時点(2023年07月)のものです。最新の店舗情報は、別途店舗のHP等でご確認ください。